周倉  100メートル5秒6



周倉(しゅうそう)字は元福(げんふく ※京劇より)
涼州の人(?~219)

関羽の腹心。
「演義」オリジナルキャラだが関羽の片腕として関帝廟にも祀られ、他の創作にも多々登場している。

元黄巾賊。滅亡後、裴元紹(はいげんしょう)とともに山賊をしていたが敬愛していた関羽に出会い、配下になる。
主要キャラになりそうな登場をしながら、その直後に流浪の趙雲にエンカウントし死にかけるという不安なスタートを切った。
懸念の通りあまり活躍は描かれず、関羽配下のその他大勢の役割しか与えられない。
関羽と魯粛(ろしゅく)がサシで交渉した「単刀赴会」では旗を振って関平を呼ぶというどうでもいい役を演じた。
219年、樊城の戦いでは突如「水中戦に強い」という設定が追加され龐徳を捕らえる大金星を挙げた。
最期は関羽の死を聞き自ら命を絶った。


~逸話~
周倉は関羽の腹心として民衆にも慕われ、様々な伝説が作られている。

関羽は一日に千里を駆ける赤兎馬に乗り、俊足の周倉は徒歩でそれにお供していた。
気の毒に思った関羽は名馬を探してやったが、一日に九百里を走るのが精一杯だった。そこで周倉は九百里は馬に乗り、残りの百里は馬を背負ってお供をしたという。

呂蒙は関羽を討つためにはまず側近の周倉を除かねばいけないと悩んでいた。
するとある夜、夢枕にかつて関羽に斬られた華雄(かゆう)が立ち助言を与えた。
呂蒙はそれに従い周倉の同郷の男を買収し、周倉を酒に酔わせ秘密を聞き出させた。周倉は足の裏に毛が3本生えており、それが速さの秘密だという。
男は周倉を酔いつぶさせると、華雄の助言どおり足の裏の毛を剃ってしまった。
周倉は俊足でなくなり、関羽は呂蒙に討たれてしまうのだった。