蛾遮塞  羌族の皇帝戦士



蛾遮塞(がしゃさい)
羌族の人(??~??)

羌族の長。

247年、羌族の餓何(がか)・焼戈(しょうか)・伐同(ばつどう)・蛾遮塞らは反乱し、蜀軍を招き入れ、涼州の蛮族の名家である治無戴(ちむたい)も呼応した。
魏は鎮圧のためまず夏侯覇を差し向け、それに郭淮が続いた。郭淮は姜維が夏侯覇を攻撃すると読み、急行して夏侯覇と合流した。策を看破された姜維は撤退し、孤立した羌族は撃破され、餓何・焼戈が戦死し1万余の部落が降伏した。

248年、蛾遮塞らは古城に籠もり、河を盾に抵抗を続けたが、郭淮は上流から進行すると見せかけ密かに下流へ伏兵を送り、城を占拠し撃破した。(『郭淮伝』)

治無載も撃破され、部落とともに成都そばの繁県へ移住した。(『姜維伝』)

蛾遮塞の行方は不明。戦死したか、治無載とともに移住したのだろう。