呉質  醜い腰巾着



呉質(ごしつ)字は季重(きじゅう)
兗州済陰郡の人(??~230)

魏の臣。
「王粲伝」に附伝される。

「魏略」に曰く。
広い才能と学識を持ち、曹丕や諸侯に礼遇された。自身も曹丕の兄弟間を上手く立ち回った。

「世語」に曰く。
曹丕・曹植(そうしょく)が後継者争いをし、出征する曹操の見送りに出た時、曹植は美辞麗句で称賛した。呉質は曹丕に泣くように助言してやり、曹丕が泣いて拝伏すると曹操も側近ももらい泣きした。曹植の言辞は華やかだが誠実さに欠けると評された。(『呉質伝』)

「世語」に曰く。
曹丕は後継者争いの相談のため、呉質を行李に入れて宮中に出入りさせた。曹植派の楊脩(ようしゅう)がそれに気づき曹操に注進したが調査には至らなかった。曹丕が心配すると呉質は「明日は私ではなく絹を入れた行李を出入りさせましょう。楊脩がまた注進し、2度目だから調査されますが、絹だとわかればかえって彼が罰せられます」と言い、その通りになった。(『陳思王植伝』)

「魏略」に曰く。
曹丕が曹操の後継者に決まり、劉楨(りゅうてい)とともに賓客扱いされていたが、214年頃に劉楨が失脚すると巻き添えを受け朝歌県長に左遷された。後に元城県令に上った。
曹丕との関係は変わらず何度も親しく手紙を送られた。(『呉質伝』)

217年・218年の手紙ではその頃に亡くなった陳琳(ちんりん)ら建安七子について評している。(『王粲伝』・『呉質伝』)

「魏略」に曰く。
220年の手紙では「南皮で遊んだ時にいた者はもう3人しか生きていない。そのうち曹真(そうしん)・曹休(そうきゅう)は大いに出世したが、君だけが下役としてひっそり暮らし、私の遊びにも招いてやれない」と残念がった。
呉質は家柄が低く、若い頃から高貴な家に出入りしたため、かえって郷里の援助を得られずいまだ士分ですらなく、役職も長史どまりだった。
曹丕は帝位につくと北中郎将に取り立て、列侯し使持節督幽并諸軍事に抜擢した。(『呉質伝』)

崔林(さいりん)は幽州刺史に赴任した。
河北の軍権は呉質が握っていたが、崔林はご機嫌伺いをしなかったため、王雄(おうゆう)は心配し、挨拶に出向くよう助言した。
しかし崔林は「私は刺史を辞めさせられることを、履物を脱ぎ捨てる程度にしか思っていない。異民族への対処が気掛かりだから留まっているのだ」と意に介さなかった。
任期の間、異民族の侵略を防いだが、呉質に恨まれ河間太守に左遷され、清潔な人々に惜しまれた。

一方で「魏名臣奏」には「尚書令の桓階(かんかい)は、崔林が尚書の才を持たないと判断し河間太守にした」と記されている。(『崔林伝』)

曹叡の代になり太和年間(227~232)に入朝した。同郷で司徒の董昭(とうしょう)に「郷里に小便を引っ掛けてやりたい」と愚痴ると、「やめたまえ。私も80歳になり君の小便のために穴も掘ってやれない」とたしなめられた。

「呉質別伝」に曰く。
曹丕が呉質と曹休を招いた時、郭皇后(かくこうごう)に挨拶させた。曹丕は呉質にだけ「君は拝伏せず見てもよい」と許すほど親密だった。
224年、呉質は酒宴を開き、太った曹真と痩せた朱鑠(しゅしゃく)を役者にからかわせた。曹真が腹を立て「私を部下の一隊長扱いするのか」と言うと、曹洪(そうこう)と王忠(おうちゅう)は「曹真が太っていることを認めさせたいなら、呉質は自分が痩せていると認めるべきだ」と下手な横槍を入れ、曹真はいよいよ激怒し刀を抜いた。
呉質も刀の柄に手をかけ「貴様、まな板の上の肉を切るのとは違うぞ。貴様を喉も動かさずに呑み込み、歯も使わずに噛み砕いてやれる。なぜ権勢を頼んで偉そうにするのだ」と脅した。
朱鑠も立ち上がり「陛下(曹丕)が君を楽しませるために我らを寄越したのにこれはなんだ」と怒ると、呉質は振り返り「朱鑠よくも場を壊したな」と怒鳴りつけた。みな席に戻ったが短気な朱鑠は激怒し、刀で地面に斬りつけてから退出した。
227年、曹丕が崩御すると詩を作り悼んだ。(『呉質伝』)

この頃、魏から呉へ降伏した者が、都督河北諸軍事・振威将軍の呉質がいささか叛意を疑われていると伝えたため、胡綜(こそう)が内通文書を偽造した。だが流布された時には呉質は入朝し侍中となっており不発に終わった。(『胡綜伝』)

「呉質別伝」に曰く。
230年、入朝し侍中となった。呉質は「司馬懿は忠節と英知があり極めて公正で国家を支える臣ですが、陳羣(ちんぐん)はのんびりして大臣の才能なく、重職にありながら自ら事を進めません」と進言した。
曹叡も同意し陳羣は問責されたが、人々は呉質の言葉こそ的外れだと考えた。
同年夏に没し、曹丕の威光を傘に着て傲慢に振る舞ったため醜侯と諡された。
子の呉応(ごおう)が反論し正元年間(254~256)にようやく威侯に改められた。(『呉質伝』)

非常に面白い人物だが「演義」では行李に隠れた際の逸話が語られるだけで、ただの有能な腹心になってしまっている。