韓猛  4つの名を持つ男



韓猛(かんもう)字は不明
出身地不明(??~??)

袁紹の配下。
名は他に韓若(かんじゃく)韓荀(かんじゅん ※荀の下に大が付くものもある)等あり、裴松之もどれが本名かわからないと述べている。

「曹仁伝」には韓荀の名で登場。
200年、官渡の戦いで西方の交通を遮断したが、曹仁に撃破され、さらに輜重車を焼き払われ、それに懲りて袁紹は別働隊を送らなくなった。

「荀攸伝」では韓【荀+大】の名で登場し官渡の戦いで輸送隊を率いた。
荀攸(じゅんゆう)は彼を「向こう意気が強く敵を侮る」と分析し、徐晃を推薦し史渙(しかん)とともに攻撃させ、兵糧を焼き払わせた。

「演義」には韓猛の名で登場。
やはり徐晃・史渙に兵糧を焼き払われ、激怒した袁紹に殺されかけたが、諸将の取り成しで赦されたものの雑兵に降格された。