麴演 西平郡の賊徒

麴演(きくえん)字は不明
涼州西平郡の人(??~??)
賊徒。
215年、曹操に討伐された韓遂(かんすい)を、麴演・蔣石(しょうせき)は協力して殺し、首級を曹操へ送った。
二人は西平・金城を占拠する将軍と記される。(『武帝紀』)
220年、曹操が没すると西平郡で反乱し護羌校尉を自称したが、蘇則(そそく)に討伐され降伏した。
その後再び反乱した。
張掖郡の張進(ちょうしん)、酒泉郡の黄華(こうか)も呼応し、太守を自称した。
雍州・涼州の豪族が揃って反乱し大勢力となり、毌丘興(かんきゅうこう)は前に麴演を討伐した蘇則に救援を求めた。
蘇則は金城に駐屯する郝昭(かくしょう)・魏平(ぎへい)と合流し、速攻を仕掛けた。
麴演は兵3千を率いて出迎え、騙し討ちしようとしたが、蘇則はそれを見抜き会見の席で彼を殺した。そして張進を討ち取り、黄華を降伏させ反乱を鎮圧した。(『蘇則伝』)
なお「張既伝」には、張進は涼州刺史の鄒岐(すうき)を着任させず、黄華・麴演がそれに呼応したとあり、反乱の首謀者に読める。(『張既伝』)
「毌丘倹伝」にも、張既の上奏に「黄華と張進が反乱を企て」とある。(『毌丘倹伝』)
「曹真伝」にも、酒泉郡で張進らが反乱し、費曜(ひよう)を派遣して斬ったとある。(曹真伝』)
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