陶升 平漢と同一人物?

陶升(とうしょう)字は不明
出身地不明(??~??)
袁紹の臣。
「英雄記」に曰く。
193年(『後漢書 袁紹伝』)、袁紹は公孫瓚(こうそんさん)を破り祝勝会を開いていたが、魏郡で反乱が起き、黒山賊の于毒(うどく)らによって太守の栗成(りつせい)が殺され鄴が陥落したという急報が届き、鄴に家族がいる人々は動揺したが、袁紹は泰然自若としていた。
賊の陶升はもともと魏郡内黄県の下役人を務めていた善良な人物で、城壁を乗り越えて役所に入り込み、袁紹らの家族や官吏を保護して逃走した。袁紹は陶升と合流し建義中郎将に任じ、于毒を包囲し討ち取った。(『袁紹伝』)
陶升は平漢将軍を自称していた。(『後漢書 袁紹伝』)
「ちくま版」は「九州春秋」に記された黄巾の乱に呼応して挙兵した賊の平漢(へいかん)と同一人物としている。(『張燕伝』)
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