陳珪 曲者父子・父

陳珪(ちんけい)字は漢瑜(かんゆ)
出身地不明(?~?)
後漢の人物。
徐州沛国を治めていた。
若いころからの知己である袁術(えんじゅつ)に誘われるが、時勢が曹操に傾きつつあると読み、誘いを断った。
さらに袁術が呂布に縁談を持ちかけると、二人の勢力が強まるのを恐れ、呂布を説得して破談させる。激怒した袁術が攻め寄せると、呂布は「お前のせいで災難を招いた」となじったが、陳珪は巧みに離間策を用い、これを撃破した。
そしてお詫びに朝廷に働きかけ、呂布に官位を与えたが、その裏では曹操に呂布を討つようそそのかしたという。
『演義』では劉備に心を寄せながらも、曹操の大軍に屈したという設定になっているが、その曲者ぶりは変わらない。
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