張俊 墓を掃除し殺される

張俊(ちょうしゅん)字は不明 出身地不明(??~270)
呉の臣。
270年、4代皇帝の孫晧は寵愛する王氏(おうし)を亡くし、悲しみのあまり政務を放り出し数ヶ月の間、表に出なかった。
やがて孫晧の死亡説が流れ、孫奮(そんふん)か、その従兄弟の孫奉(そんほう)が即位するという噂が流れた。(※「孫晧伝」では噂が流れたのは274年と記される)
豫章太守の張俊はそれを真に受け、豫章にあった孫奮の母の仲姫の墓を掃除し恩を売ろうとした。
孫晧は噂を知ると激怒し、孫奮とその5人の子と孫奉を処刑し、張俊を車裂きにしたうえ一族を皆殺しにした。
「江表伝」には豫章の役人10名が張俊の身代わりになると申し出たと記されており、善政を布いていたようである。(『孫策伝』・『孫奮伝』)
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