難升米 魏への朝貢の正使
難升米(なそめ) 倭の人(??~??)
倭の臣。
238年、倭王の卑弥呼は大夫の難升米・副使の都市牛利(たしごり)を帯方郡へ送り、魏へ朝貢したいと申し出た。
帯方太守の劉夏(りゅうか)は使者と護衛を付けて都へ送ってやり、曹叡は喜び難升米を率善中郎将、都市牛利を率善校尉に任じ、褒美と卑弥呼を親魏倭王に任じる印綬を与えた。
(曹叡の逝去による遅延もあり?)240年、倭にそれらが届けられ、卑弥呼は感謝の上表を返した。
243年にも別の使者が朝貢し、245年に難升米に褒美の旗指し物が与えられた。
247年、卑弥呼は帯方太守に赴任した王頎(おうき)に、載斯烏越(そしあお)を派遣して狗奴国の卑弥弓呼(ひみここ)と争っていることを報告した。
王頎は張政(ちょうせい)を遣わせて卑弥呼と卑弥弓呼の戦を調停させ、難升米に旗指し物が届けられた。(『東夷伝』)
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