呂威璜  烏巣レンジャー・烏巣ブルー



呂威璜(りょいこう)字は不明
出身地不明(??~200)

袁紹の配下。

官渡の戦いの際、淳于瓊(じゅんうけい)とともに烏巣の兵糧庫を守っていたが曹操軍の奇襲を受け戦死した。

眭元進(すいげんしん)、韓莒子(かんきょし)、趙叡(ちょうえい)ら同様の記述しかないモブ武将の中でも、呂威璜は特に素性が不明で、曹操の伝記である「武帝紀」や「袁紹伝」はもちろんのこと、奇襲に直接参加した楽進(がくしん)や、烏巣の陥落を機に曹操に降った張郃の伝にも名前は見えない。
それどころか「武帝紀」の注に挙げられた、戦死した8人の中にも含まれておらず、曹操をおとしめるために後世に書かれた(故に内容は疑わしいものが多い)「曹瞞伝」にだけ呂威璜の名が記されている。

全くの私見だが、袁紹陣営にはこの後に曹操に降った呂曠(りょこう)という非常によく似た名前の将がおり、「曹瞞伝」の著者の記憶違いか何かによって、呂曠が呂威璜に変じ、さらに烏巣で戦死したことになったのではなかろうか。
ちなみに曹操に降った後の呂曠の動向は不明である。記述が少ないだけに、勘違いは十分起こり得ただろう。
また呂曠と同時に降った呂翔(りょしょう)という者もおり、もし呂威璜と呂曠が別人だとしても、同じ一族であろうと思われる。

そろそろ「呂」の字がゲシュタルト崩壊してきたが、筆者は淳于瓊ら5人をまとめて烏巣レンジャーと勝手に呼んでいる。
もし呂曠の間違いだとしたら、史実では列侯に封じられた呂曠とは対照的に、あえなく戦死した呂威璜は烏巣ブルー。