呂曠 呂翔の相方

呂曠(りょこう)字は不明
兗州東平郡の人(??~??)
袁尚(えんしょう)の将。
「正史」では常に呂翔(りょしょう)とセットで行動するが関係は不明である。
203年、袁尚の命で袁譚(えんたん)を攻撃し追い詰めるが、袁譚が曹操に救援を求めると、すぐさま曹操に寝返り列侯に封じられた。
袁尚は印綬を与え懐柔しようとしたが、呂翔は黙殺し、呂曠にいたってはそれを曹操に密告した。
呂翔とともにそれっきり歴史から姿を消した。
「演義」では呂翔の兄と設定される。
「正史」と同様の事績をたどった後、曹仁のもとで劉備軍と戦うが、徐庶(じょしょ)の策にはまり呂曠は趙雲に、呂翔は張飛に討たれた。
また袁紹の配下に呂威璜(りょいこう)という良く似た人物がおり「烏巣で戦死した」以外に記述がなく、呂威璜という不自然な姓名(呂が姓とすれば威璜が名になるが当時は2字名はほぼ皆無で、呂威という姓は他にいない)から見て、呂威璜の事績を記した人物が呂曠と混同したとは考えられないだろうか。
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