劉辟 汝南の黄巾賊残党

劉辟(りゅうへき)字は不明
出身地不明(??~201?)
黄巾賊の頭領。
黄巾の乱の際の活躍は不明。乱の終結後に残党として、袁術(えんじゅつ)の支援を受け汝南、潁川で何儀(かぎ)、何曼(かまん)、黄邵(こうしょう)らとともに暴れ回った。
196年、曹操に討伐され黄邵とともに斬られたと記録されるが、200年の官渡の戦いの際に、袁紹に与して汝南で龔都(きょうと)らと反乱を起こしており、矛盾が生じてしまい、その後の動向もよくわからないが、同時期に袁紹の命を受けて劉備が汝南に赴いており、存命ならば共闘したと思われる。
『演義』では汝南で蜂起した記録が採用され、196年の討伐の際には登場しない。
創作では同姓のよしみからか、劉備と親交を結び、劉備をかばって戦死する役回りが多く描かれる。
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