| コガトナ2024 | |||
| ◆結果発表 ◆投稿数:4 ◆投票数:191 ◆投稿番号をクリックすると その作品への投票者 を表示します。 | |||
| お題 | |||
| 順位 | 合計 | 作品 | |
| 1 | 278 | パソコンのぬいぐるみが貰える | |
| 2 | 243 | 間違えて救急車呼んだみたいな気持ちになる | |
| 3 | 215 | なかよしのふたりでピザを分けあっていたことが思い出から消える | |
| 4 | 213 | 「まりなくん、科学はどの程度、暴力的であってよいと思う?」 フラスコの中の液体を眺めながら、先輩は言った。 「……どういう意味ですか、あかり先輩」 「なに、簡単な思考実験だよ」 先輩はそう応えて、手にした黒い液体をぐびっと飲む。 「フラスコでコーヒー淹れるのやめてください」 洗うのあたしなんですよ、と先輩に言いながら、あたしはその液体が彼女の口に流入してゆくさまを眺めていた。 「たとえば医療を考えてみてほしい」 先輩は濡れた唇の端をかすかに持ちあげて笑う。 「まりなくんが事故で気絶して、いまにも死にそうだとしよう」 「あたしを勝手に瀕死にしないでください」 先輩は失礼なたとえ話が好きだった。 「そこを通りかかった医師が、緊急にまりなくんを治療をするのは、よい行いだと思うかい?」 「……まあ、そうですね」 「じゃあ、まりなくんがもう瀕死になったりしないように、ゲノム編集によってマッスル遺伝子や、超人遺伝子や、タコ人間遺伝子を導入してあげるのは?」 「それは……あたしの同意すらなしにそんなことしないでください」 タコ人間。最後のはただの先輩の趣味だろう。あかり先輩は、いつも小さなタコの髪飾りを身につけていた。 「なぜいけないのかな? 健康は大切だろう」 先輩はうそぶく。 「緊急性がないし、常識的な遺伝子治療の範疇を越えてます」 わたしがそう返すと、先輩は「ふふ、よくできた後輩を持ったものだ」と呟いた。先輩はコーヒーを飲み終えたようで、フラスコを机に置く。 「あ、器具はあたしが洗います」と、あたしは先輩に声をかけた。 「まあまあ、私に任せたまえよ」 そう先輩は答えるけれど、そういうわけにはいかない。 「先輩、いくつ備品割ったと思ってるんですか」 デナトニウムでも噛んだように、先輩は顔をしかめる。そのままあたしの詰問には返事せず、言う、 「……まあ、なにも超人でなくてもいい。あらゆる医学的な疾患を予防可能な、『真の健康体』になれることを仮定しようじゃないか。この予防療法に同意を求められたら、きみはどうする?」 「……断れるかはわかりませんが、不快です」 先輩との問答は、いつもすこしずつ答えを誘導されているようで、たまに気分がよくない。 「なぜ、そう考える」 でもその流れに身を任せるのが、先輩の心の支流をだんだん遡っていくのが、どこか心地よいと感じる自分もまたいるのだった。 「だって、もし人間に『遺伝子の正解』なんてものがあるって仮定したら__」 先輩は、我が意を得たりというように、ふたたび口の端をにっと上げた。 「そう、『遺伝的に正しい』人と『遺伝的に正しくない』人に世界は分断され、深刻な差別を招くだろうね」 先輩はあたしの言葉を遮り、せきとめては、その流れを引きうける。あまりに芝居がかっていると思ったが、それさえも、この化学室を埋めつくすわざとらしい白色にふさわしいのかもしれなかった。 「でも、科学には、えてしてそういう力がある」 先輩はそう断言し、さらに続ける。 「ある『事実』をとりたてて述べようとすること自体に、人間の望ましいありかたを定めようとする恣意の力学が働かざるをえず__」 先輩の大上段な語り口の盛りあがりが、いよいよ最高潮に達する。 「それが科学のもたらす『啓蒙』であり、そして科学のもたらす『暴力』だと、私は思うのだよ、まりなくん」 ここであたしは我慢がきかなくなり、そっとこう尋ねた。 「先輩……アドルノあたりに影響されてますか? 倫理で習ったばっかですもんね」 アドルノはホルクハイマーとの共著『啓蒙の弁証法』によって、理性による文明化が全体主義へと陥る過程を、批判的に考察した。 あたしの指摘に、先輩は悪びれもせずこう返す、 「ふふ、あまり他人の思考の枠組みを俯瞰的に述べようとしないほうがいいよ……」 将来は大物になるに違いない、と、なんとなく思った。 あたしはフラスコを洗浄ブラシで擦りながら、先輩のとりとめのない話を聞く。先輩の飲んだコーヒーの薫りが、鼻腔に侵入してくる。これが放課後の第二化学室のいつもの風景だった。科学部部長であるあかり先輩と、あたし。それ以外にこの部屋を訪れる人はいない。 「つぎは、ちょっと違う状況を考えてみようか」 先輩はそう言いながら、彼女の座っている箱型のイスを、前後にガタン、ゴトンと揺らしていた。 「たとえば私が火星の姫だとして__火星では地球よりずっと高度な科学技術が普及しているとしよう」 先輩の話はあまりに広範に生命のことを語るので、この部室が冠するにふさわしい名前は、SF研究部やオカルト研究部なんじゃないかと思うこともある。 「火星? ああ、あかりセンパイ、タコ好きですもんね」 あたしは先輩の髪飾りのタコの、とぼけたような顔をじっと見て、こう問う。 「でも火星の地表は生命なんて住めっこないんじゃないですか?」 「地表はそうだ。だが地下にはごく高度な文明が形成されていて……あえて生命の痕跡を外部の生命体に悟らせないようにしているのかもしれない」 お手本のような陰謀論のフォーマットに、あたしは心の中でひっそりと拍手する。口に出してはいけない。決まってこう返されるから__「確度が低いという理由のみで、ありうるはずの可能性を完全に除外してしまう態度を、『科学の傲慢』と呼ぶのだよ__まりなくん」。 「火星の姫は、地球に信頼できる友人を探しにきたのだ……将来的に異星間の良好な関係を構築するためにね」 先輩の想像は、いつも止まるところを知らない。豪雨で溢れた水路のように、あらゆる場所を駆けめぐり、つねに虎視眈々と、この世界のいかなる常識をも転覆させようと狙いを定めている。 「この星の交通網は、じつはすでに火星の交通網と秘密裏に接続されているのかもしれない!」 彼女は突然立ち上がる! そしてあたしのすぐ後ろまでてくてくと歩いてきて、あたしの肩から、細い灰色のブラシで入念に洗われるフラスコを覗く。 「だから、まりなくんがバスで帰宅しているあいだ……火星の技術によって、まりなくんだけを火星に連れていくなんてことも、できてしまうわけだ」 「姫があたしを別世界に連れだしてくれるんですか?」 あたしは思ったままに言う。 「なんか、石油王が出てきたり、令嬢に転生したりするラブコメみたい」 そんなあたしの言葉に、先輩はこう返す、 「恋物語の類型にそういう構造が存在することは否定できない」 あかり先輩はさも愉快そうに頷く。彼女は、この世界の構造の話が、タコの次の次くらいに好きだ。 「でもそういうの読むとあたしやっぱり思っちゃうんです、『いや同意なしに誘拐しないで! ヒロインにも暮らしがあるでしょ?』とか、『立場的に拒否できない状況だっただけなのに、恋愛関係に同意したみたいになってるのはなんで!?』とか、『ヒロインが満足してるからって誘拐はなかったことにならないよ!』とか……さっきの遺伝子の話とおなじ種類の拒否感なのかも」 あかり先輩の息が近い。あたしはなぜか話しすぎてしまう。あかり先輩の髪があたしの髪に触れる。あたしの手元から立ちのぼるコーヒーの香と、あかり先輩からやってくるコーヒーの香が混ざり、あたしの鼻に届く。 それは混ざる、というよりはむしろ、同一な由来から分離したものが、あたしの内部においてふたたび一なるものに回帰する感覚であって__自身の遡り続けてきた支流が、突然にしてその源に合流する感覚であった。 「なるほど、じゃあやっぱりまりなくんは……火星にはついてきてくれないのかな?」 あたしはなぜかもう泣きそうになりながら、かろうじてこう口にする、 「……行くよ」 あかり先輩は「え……」と漏らす。予想外だという顔をする。この部屋で彼女の驚く顔なんてめったに見られないから、すこし新鮮で、いまはあたしがこの川をせきとめ、そして一気に放出する番だった。 「このクソみたいな現実をぶっ壊すのがあたしの力じゃないってのはめちゃくちゃ癪に障るけど、あかりちゃんのことを信頼してるから!」 自分でも信じられないほど語気が強くなる。 「石油王でも、火星の姫でもない、いまあたしの目の前にいるあかりちゃんのことを信頼してるから!」 重力に従うように、あまりにも自然に、あたしから言葉が流出する。 「あたしが科学を信頼してるよりも、もっとずっと、あたしはあかりちゃんのことを信頼してるから!」 あたし自身が源流になる。 「信頼してるあかりちゃんをひとりぼっちで遠くに行かせるわけにはいかないから、ついていく……それだけだよ」 ここまで言ってしまって、あたしはやっと気恥ずかしくなり、苦しまぎれにこうつけ加えた。 「で、でも、たまには地球に帰りたくなるかも?」 それから、コーヒーの薫りに満たされた化学室に、しばらくふたりとも黙って立ちつくしていた。 最初に口をひらいたのは、あかりちゃんだった。 「……ね、ねえ、部室では『あかりちゃん』はやめてって言ってるじゃん」 「あ」 感情の昂りのあまり、約束をすっかり忘れていたことに気づく。 「……やっぱ無茶だよ、先輩と後輩のふりなんか」 「いいや、いつだれが入部してきてもいいように、ふだんから雰囲気だしとかなきゃ!」 そう、あたしたちが先輩後輩というのはあかりちゃん好みの設定・演出で、「あかりセンパイ」と「まりなくん」は実際のところ、同い年の同じクラスのふたりだった。 「有能だが傍若無人な先輩と、可愛くて気の利く後輩のコンビ! これが世間の求めてる『科学』なのです」 この期に及んで、「可愛くて気の利く」だって! また気恥ずかしさがぶりかえしてくる。 あたしはこう伝える、 「……だいぶ偏ってるし、じぶんで有能って言うのはどうかと思うな」 これじゃあどっちかというと科学部じゃなくてオカルト部なのでは? あかりちゃんは自信満々に返す、 「合ってるからいいの」 将来は大物になるに違いない、と、こんどは確信した。 「……あたし帰るね、バス来ちゃう」 半分は嘘だった。いつもは次の時刻のバスに乗る。気まずいから退散するのだ。 あかりちゃんはわたしにこう提案する、 「あ、帰る前にコーヒー淹れてあげる! まりなちゃんブルー・マウンテン好きでしょ、部費でとりよせたんだ」 また高いのを! 部費の使途をどうやって生徒会にごまかしてるのか気になる……じゃなくて。あたしは一刻もはやくこの場を去りたいのだ。 「フラスコ洗ったばっかだからダメ!」 黒板側の扉をガラガラと開け、ぴしゃん、と閉めてあたしは化学室を後にする__前に、もういちどだけ戸をすこし開き、あかりちゃんにこう伝えた。 「……でも気持ちは嬉しいよ」 早く出てきすぎてしまったので、いつものより早いのに乗らないと……一時間待つことになってしまう。地方のバスの本数は少ない。あたしはバス停まで走る。走りながらあたしは考える。 ……あかりちゃんが、ほんとうに火星の姫だったらいいのに。 この星に、この国に生まれて、あかりちゃんとずっとふたりでいることなんて、無理だってわかっている。それでもあかりちゃんは、いつもあたしの居場所を作ってくれる。 科学部の部員ですらないあたしを、いつも歓迎してくれる。 あたしの科学の才能を認めてくれたのだって、あかりちゃんだけだよ__ 「女子はそもそも論理的に考えられる脳の構造じゃないって、脳科学で判明してるから……」 「生物学的にも、女性は家庭に残り子供を産み育てる性であって……」 「確かに点数はいいが、女子が理系に向いてないってのは統計学によって証明されてるからな……」 「生理というハンデがある女性が男性より劣っているという事実は科学的にも明らかであり……」 あたしが今までかけられてきた、あるいは読んできた言葉の数々が、濁流みたいに頭を駆けめぐる。 人をコケにするために、自分に都合のいい御託ばっかペラペラ並べやがって! それのなにが科学だ! なにが科学だ! なにが科学だ! なにが科学だあああああああああああああああああああ! 怒りに任せて「あ」を重ねている途中で、バス停に着いた。どうやら間に合ったらしい。いきなり止まると、手提げの中の弁当箱がガタン、と音を立てた。母の顔を思いだしてしまう。そして、母の言葉を思いだしてしまう。 「科学部に入る?……なに変なこと言ってるの」 「わたしはね、まりなが立派なお嫁さんになってくれたら、それだけでいいの」 あーあ! あたしがふつうになれたら、なにも苦しいことなんてないのに__ いちばん非合理的なのは、あたしなのかもしれない。 バス停で一時間待つことにならなくてよかった、と、空調のきいた車内であたしは安堵した。 なんだか気が抜けたら眠くなってきたので、素直にバスが目的地に着くまで寝ることにしたのだった…… まどろみの中で、あたしは確かに運転手の声を聞いた。それが夢なのか現実なのかは定かではなく__「あかり先輩」に言わせれば、こう表現されるかもしれない__「それはどちらか一方と断言できるものではない、夢と現実の重ね合わせなのだよ」と。 ただ、運転手の声はいつもと違う(ふだんと違う時間に乗ったのだから、当然と言えば当然なのだが)、なにか海外の音楽のような妙な節回しで、こうくりかえすものだから、あたしは目を開ける判断を保留し、もうしばらくこの流れに身を任せることにする__ 「次は火星……次は火星……」 【guniguniさん】 いや電車乗れや | |
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| この回に投票して頂いた方(敬称略) |
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