※硝子の塔の殺人ネタバレ注意
気になった点をいくつか指摘したい。
まず冒頭49ページ、犯行を終えたばかりの犯人のセリフだ。
「巴さん、どんな感じ」と被害者からの急報を知らないはずの犯人が平然と様子を尋ねていて、思わず頭を抱えた。
こういう犯人が現場で合流するトリックでは、というか倒叙形式ミステリでは、犯人しか知り得ない情報が飛び出さないか目を配るのはミステリファンのたしなみであり、こんなあからさまな失言、読者の99%が見逃すはずない。これがバレないと思っているなら読者を馬鹿にしすぎている。
ところがこの失言、作中では名探偵から一切指摘されないまま終わってしまった。
すぐさま名探偵が失言に気づいた素振りをしているが、犯人は気づかないままで、単に作者が書き忘れたか、わざわざ指摘するまでもない酷い失言だったのか、とにかくモヤモヤした。
貴重なミステリコレクションを収めた展望室が日焼けを全く考慮しないガラス張りなのも呆れた。
遮光ガラスとかなのかもしれないが、そんなことは書いていなかったはずで、書かれていなければ事実ではないのがミステリである。
どこの世界に日当たり抜群の部屋にコレクションを飾るマニアがミステリに限らず存在するだろうか。
名探偵はミステリのうんちくを何かというと語るが、それがひどく浅いのも気になった。うんちくの9割は知ってたことの羅列に過ぎず、名前が上がる作家はカーやクイーンら古典的名作や新本格派ばかりで、最近のミステリ作家はせいぜい井上真偽や今村昌弘くらい。
ずっとミステリを追いかけ続けているのに白井智之や早坂吝や阿津川辰海や青崎有吾や市川憂人が出てこないの?
もちろん新本格派〜近年の間のミステリ作家もごっそり抜け落ちていて、三津田信三や大山誠一郎や相沢沙呼や北山猛邦はいないし、それどころか宮部みゆきと京極夏彦の名前も出てこなかったはず。
「ビブリア古書堂の事件手帖」と「珈琲店タレーランの事件簿」は出てくるが、そこではなんと「空飛ぶ馬」で流れを作り、その後「ビブリア」と「タレーラン」の大ヒットもあり日常の謎は確立されたなる思わず天を仰ぎたくなるような記述が飛び出した。
日常の謎ジャンルが北村薫以降、ビブリア・タレーランまで確立されなかった? 1989年〜2011年の間に加納朋子倉知淳若竹七海米澤穂信初野晴似鳥鶏etcがいたのに??
この嬉々としてミステリ愛をさらけ出す割にあんまり詳しくなさそう感はマニアであればあるほど鼻についたことだろう。
あと個人的に引っ掛かったのが、これだけミステリを愛する名探偵の口からただの一度も麻耶雄嵩の名が出てこなかったことだ。
そんなことありえる?????
麻耶雄嵩といえば探偵と助手の多様な関係性を描き続けてきた作家で、本作のトリックとも綿密に関わるため意図的に避けた可能性はあるが、でもそれにしたって、ミステリと名探偵をこよなく愛する名探偵が、本格ミステリファンにとっては別格の存在の麻耶雄嵩にたったの一度たりとも言及しないことありえるの??
その他にもトイレの貯水タンクに毒薬を隠しておいた犯人が、名探偵に発見されたかやきもきしてたのに、次の瞬間には安堵する素振りもなく平然と毒薬を確認してヨシ!としてたり、未遂に終わったとはいえ2人殺しておいて「一介の医師」を名乗ったりと描写がいいかげんなのも目についた。
しかしそんなことより本作で最も許し難いのは、館シリーズ11冊の件だ。
綾辻行人の館シリーズの中に黒幕が自身の著作を犯行声明代わりに忍ばせておいたのだが、
これに気づかないミステリファンが存在するの?????
語り手は相当なミステリマニアであり、中村青司最初の事件が青屋敷だと知っているくらいだ。(自分は忘れていた)
青屋敷を即答できるくらいのマニアが、ちらっと見たわけではなく、シリーズ11冊としっかり数えておいて、気づかない可能性1%でもある!?
館シリーズが次の10作目で完結することは綾辻ファンの常識だ。つまり現在9作で、ノベルス版「暗黒館の殺人」が上下巻だったのも当然覚えている。それなのに11冊だ。どう考えても1冊多い。
自分ももちろん気づいたし「十角館の殺人が漫画化された時に新装版がノベルスでも出たのかな?」とか「館シリーズ完結後の近未来が舞台でそれがトリックに関わる伏線かな?」と好意的に解釈していた。
ところが真実は、別作者の館作品がしれっと混ざっていただけだった。
そんなことありえる?????
青屋敷を即答できるマニアが、ちらっと見たわけでもなく11冊と指折り数えて「ん?」と引っ掛からないはずがない。
青屋敷を即答できるマニアでなくても十角館水車館迷路館人形館時計館黒猫館暗黒館びっくり館奇面館は順番通りにそらんじられて当然でそこに「硝子館」が混ざってて、もう一度声を大にして言うけど
これに気づかないミステリファンが存在するの?????
この瞬間に一気に覚めた。この作者は基本的にミステリファンを舐めているのだろうかと感じた。
ストーリー的にもただの趣味ではなく犯行声明なのだ。普通に気づいて手に取られれば、一発で不審に思われるし、事実、碧月夜はこれに気づいて計画を乗っ取った。一条遊馬がぼんやりしてなくて普通に気づいてたらどうするつもりだったの?
遊馬だけではない。この11冊は恐るべき事に各部屋に備え付けられているのだ。他のメンバーだって、規則正しく並んだ館シリーズの中に一冊だけ別の作者、しかも招待主の名前が書かれていたら思わず手にとってしまう可能性は十分にあるではないか。そこに自分達の名前が書かれていれば必ず騒ぎ立てただろう。こんなどこからでも暴発していた可能性のある爆弾を計画に組み込む黒幕はいったい何を考えてるのだろうか。
これに関しては綾辻の気の利いた推薦文は素晴らしかった。さすが「どんどん橋、落ちた」の作者である。本作のどのトリックよりも一番感心したかもしれない。
それに引き換え誰にでも当てはまるような当たり障りのないコメント寄せた有栖川どうした。
総評に移ると、魅力ゼロの機械的に過ぎるトリックや、某メフィスト賞や某メフィスト賞シリーズ最終作でおなじみミステリ界禁断のアレ、某鮎川賞候補みたいな動機が反感を買うのはわかるが、操りの構図の反転は面白い趣向だし、二度の読者への挑戦も凝っており、一作にあれこれ詰め込んだ意欲作であるのは間違いなく、後は好みの問題だろう。
その好みの部分で「は?(威圧)」と思うような「ミステリファン舐めてるの?」といった描写が散見され、浅いうんちくできゃいきゃい盛り上がり、擦れっ枯らしのファンを怒らせた面はある。
だがそうした枝葉末節から目を背ければ、歴史的大駄作やダメミスと蔑むほどではないし、問題作と取り上げるほどの際立って画期的な何かがあるわけでもなければ、かといって何ヶ月も前からアピールし、名だたる作家に推薦をお願いするほどの傑作でもない、これまで日の目をあまり見ずに消えていった本格ミステリの意欲作の中では、注目されるように仕組まれて目立っただけの、ごく普通の作品だったと思う。