最近の感想



早坂吝 / 街角ハルシネーション
探偵AIのリアル・ディープラーニング
     


~あらすじ~
つづりを間違えた店名、6本指のウエイトレス、スパゲティを手づかみで食べる客、地面と垂直に転ぶ男…。
生成AIに作られたとしか思えない写真を、しかし探偵AI相以は本物と断定。
だが捜査に出た矢先に相棒の輔を犯人AI・以相に誘拐されてしまう。


~感想~
探偵AIシリーズ第5弾。
これまで21世紀本格(※死語だったが提唱者の島田御大が覚えていたので蘇生)の新境地を切り拓いてきた意欲的なシリーズだったがここは一息ついたか。
それこそ生成AIに作られた写真に無理くり真相を取ってつけたような塩梅でストーリー展開も強引。見どころは輔と以相の共闘くらいで、それも終わってみれば…といまいち。
とはいえ長く続いて欲しいシリーズで箸休め回はあってもいいし、一定以上のクオリティは十分にあるのでファンなら読んで損はないだろう。


26.5.19
評価:★★☆ 5



法月綸太郎 / 法月綸太郎の不覚
     


~あらすじ~
事故物件住みますライターが首吊り死体で発見された。霊障か?自殺か?他殺か?…心理的瑕疵あり
悪質な勧誘で知られる保険外交員が養父の殺人容疑でマークされる。彼は法月に疑惑を晴らすよう依頼し…被疑者死亡により
被害者の老女が死後に面識のない男の夢に出て似顔絵を描かれていた…次はあんたの番だよ
骨肉の争いの繰り広げる兄弟の関係者が1年おきの同日に不審死を遂げた…平行線は交わらない


~感想~
6年ぶりの法月シリーズ短編集。その6年前の「法月綸太郎の消息」が口をにごさず言えば出来の悪い短編2つと評論家法月としての個人的に全く興味の持てない作品2つで構成されたがっかりの代物だったが、本作は全盛期の法月のキレを感じさせる作品ばかりでまずは一安心。

冒頭の「心理的瑕疵あり」が解答を募ったところ正解者1名だったという逸話を持つが、読めばわかるが公募しておいてこのひねった変化球の真相ならむべなるかなというもので、解答した人はたぶん怒ったと思うが「でも正解者がいた」という事実が強いし、裏事情を置いて見れば鋭いロジックの冴える好編ではある。
正統派ガチガチの印象を受けるけど法月作品って確かにこういうひねりあるよね。

「次はあんたの番だよ」が異色で、昨今のコンプラ事情により法月父子の推理も録音されるようになったが、それをまさかこんなふうに使ってくるとはww
アレを出すにあたりわざわざ律儀にこんな手段を取ってくる作者法月の生真面目さには笑ってしまう。

書き下ろしの「平行線は交わらない」が他3編より5倍くらい複雑で「それは嘘。それは嘘と言ったのは罠だから嘘。それはブラフで嘘じゃないけど罠」の駄目な時の連城三紀彦みたいでどうでもよくなってしまったし、あとがきで作者が自虐的に振り返る通りなぜか3編で交換殺人が扱われるという食傷気味な面もあるにはあったが、久々に面白い法月短編が読めてよかった。


26.5.16
評価:★★★ 6

 


米澤穂信 / 倫敦スコーンの謎
     


~あらすじ~
新進気鋭の画家に降って湧いた盗作疑惑、美味しいジェラートを食べない女、ノーミスだったはずなのに失敗したスコーン作り、壊れたはずが元通りになったオブジェ。
小市民を志す小鳩くんと小山内さんの前に現れる小さな謎と素敵なスイーツたち。


~感想~
本編は完結したが未収録短編をまとめた…だけではなく、書き下ろしを加えささやかながら連作短編集に仕上げた一冊。
同じ短編集といえばミステリとしての強度があまりに低かった「巴里マカロンの謎」を思い出してしまうが心配無用。謎とトリックはもちろん二人の推理力、毒と、全部が全部比べ物にもならない。
謎はどちらかといえば簡単な方ではあるが、見えている真相だけでは終わらずもう一捻りを加え、そこに本シリーズならではの毒をひとさじ足しているのが良好。
一編上げるならやはり表題作の「倫敦スコーンの謎」で、真相自体は読めるものの、そこに至るまでの伏線と心理は納得いくもので非常に良くできている。
「羅馬ジェラートの謎」もなんとも言えない後味を残すあの結末がまさに熟練の業で、なにもかも足りなかった「巴里マカロンの謎」からここまで劇的に変わるとは驚いた。
未収録短編はもう無いようだが、シリーズが平然とまだまだ続いても大歓迎である。


26.5.7
評価:★★★☆ 7

 


荒木​あかね / ちぎれた鎖と光の切れ端
   


~あらすじ~
樋藤清嗣は集団暴行で人生を棒に振った先輩の仇討ちのため、7人の男女を皆殺しにしようとグループに潜り込んだ。
だが決行を狙ううちに連続殺人事件が発生。被害者はなぜか一つ前の事件の第一発見者という法則に貫かれていて…。

2023年このミス10位、本ミス10位、吉川英治文学新人賞候補

~感想~
この設定からはありえないハイペースでじゃかすか人が死んでいき、あっという間に解決編へ。あと300ページも何するんだよと思ったら目次がないから気付いてなかったが「第一部」と書いてあるなこれ!?
この第一部だけでも事件は鋭い論理できっちり解かれ、もしここで終わっても全然8点とか付けるのにここから同じ分量の第二部が始まるのだからすごい。
しかも第二部は登場人物がそっくり入れ替わりつつも第一部をなぞるような事件が発生し…と未曾有の傑作の気配を見せる。
終わってみればやや尻すぼみというか、第一部と比べるとどうしても答え合わせ感が漂い、最後の最後に明かされる意味ありげなタイトルの意味も個人的にはあまりはまらずと、期待しすぎてしまった面はあるもののやや物足りなかった。
だが全体として見ればデビュー第二作としては破格の傑作であることは間違いなく、今後新作が出れば迷わず買う作家の一人となった。
量産の利く作風ではないので3年音沙汰ないが気長に待つとしよう。


26.4.29
評価:★★★★☆ 9

 


荒木​あかね / 此の世の果ての殺人
   


~あらすじ~
小惑星の衝突により世界は半年後の滅亡が確定した。
衝突地点の九州から人々が逃げていくなか、太宰府の自動車教習所で運転免許を取ろうとする小春と教官のイサガワ。
二人きりの教習所の車から他殺死体が発見され、元刑事でもあるイサガワは捜査を始める。

2022年江戸川乱歩賞、このミス11位、文春5位

~感想~
史上最年少かつ満場一致で乱歩賞を射止めたデビュー作。
通勤カバンに本を入れ忘れ、ランクイン作品だからと適当に選んだらむちゃくちゃ面白くて第二作もすぐに買った。

あらすじを読めば「なぜ小春は免許を取るのか?」と「なぜイサガワは捜査にこだわるのか?」と「なぜ犯人は殺すのか?」という3つの疑問がわくが、実のところ3つとも特段の新味がなく、物語を牽引できるだけの説得力もない。
犯人もあからさま過ぎる伏線のせいで誰の目にも明らかなレベルで、ミステリとしての面白さははっきり言って低い。
だが終末世界のリアルさと重く立ち込めた空気感や、衝突地点に留まる人々の暮らし、もはやこの世界のどこにもないはずなのに確かに見える希望の光めいた、人類最期の輝きのような物語がたまらなく面白い。
終末ロードムービーとでも呼ぶべき作品で、ミステリ要素はその味付け程度ながら、ミステリにしたことで誰も読んだことのない独自の物語が生まれたのである。広く読まれるべき傑作だろう。


26.4.11
評価:★★★★ 8


 


飛鳥部勝則 / 冬のスフィンクス
   


~あらすじ~
楯経介には眠る前に見た絵画の中へ入り込める特殊能力があった。
現実と妙にリンクする夢の世界で起こった連続殺人事件に、楯は探偵として挑む。


~感想~
直前に読んだ「バベル消滅」とは打って変わり、夢と現実が入り乱れた幻想小説の空気が濃い。
それなのに読者への挑戦状が付いており、もちろんそこはこの作者なのできちんとした解決はあるが、それ以外はいろいろと台無しになったり夢と幻想の彼方へ消えて行ったりしてしまう。
端的に言って好みではなく、近年のはっちゃけた陽性の作品とは真逆の、タイトル通り冬のように陰鬱とした作品なのでファンでも好みは分かれるだろう。


26.4.1
評価:★★ 4



飛鳥部勝則 / バベル消滅
   


~あらすじ~
小島の版画館で警備員として働く風見。
毎日通ってくる高校生の少女は決まって「バベルの塔の崩壊」を閉館まで鑑賞していた。
折しも島では連続殺人事件が発生し、現場にはバベルの塔の絵が残されていた。


~感想~
ぶっ飛んだ設定や頭おかしいキャラ造形、想像の斜め上の超展開で驚かせるものの、飛鳥部勝則がちゃんとしたミステリを書ける作家だというのは重々承知しているが、デビュー2作目の本作も実にちゃんとしている。
ミステリとしてはオーソドックスな連続殺人事件にミッシングリンクを絡め、ダイイングメッセージや奇矯な名探偵も現れるが、終わってみれば全然オーソドックスではない、かなりの変化球。
だからと言って解けないわけではなく、豊富かつあからさまな伏線をばらまき、きちんとした論理展開で解決して見せる。
その途中で「読者にそこまで求めるのか…」と自虐的につぶやいたり、やせたかなしい象みたいなトリック(超笑った)、ダイイングメッセージの思いも寄らない真実で驚かせ、笑わせてもくれる。
かなり癖はあるものの一般的なミステリファンでも楽しめそうな、後の飛躍と地力の高さを感じさせる良作である。


26.3.28
評価:★★★★ 8



飛鳥部勝則 / バラバの方を
     


~あらすじ~
私設美術館を落成した画家の開館式の夜に凄惨な事件は起こった。
作品を密かに代作させられている売れない画家、貪欲な弟、画家の娘からのいじめを苦に自決した少女の父親、予告状を受け取った記者…。
癖の強い来客たちの眼前に、まるで宗教画のような死体の山が現れる。


~感想~
先ごろ22年ぶりに復刊した作品だが、自分は某ブックオフでノベルス版を手に入れていたのでそれを今さら読了。同ブックオフにはかつて復刊前の「堕天使拷問刑」もあったので近所に絶版を平気で売る飛鳥部勝則ファンが住んでいる。
自作の絵画も付された初期作品群の系譜で、事件現場こそ舞城王太郎くらいハジケてるものの、内容そのものは後年はっちゃける飛鳥部作品としてはおとなしめ。
もちろん飛鳥部作品なので急に蛇女との情事を語りだす変態ジジイがモブとして現れたり、事件発覚時にはとんでもないことが起こったと予告され続け、終盤明らかになったその一つが「おっさんカンフーマスター同士の決闘」で最新作「封鎖館の魔」でも描かれた華麗なライダーキックも披露されたのには爆笑したが、もったいぶったわりに動機も真相も控えめで派手な事件なのにミステリとして見どころはあまり多くない。
タイトルに採られたバラバは初耳で、ダンス・マカブルについての講釈も面白かったし、明後日の方向へ飛んでいったラストもそれはそれで良かったが、復刊された単行本版の価格が税込3,080円と聞くと、ノベルス版を入手しておいてよかったと思ってしまうのは否めない。


26.3.17
評価:★★☆ 5



島田荘司 / 愛しいチグサ
     


~あらすじ~
西暦2091年、謝荷魚は大事故に遭い身体と脳の一部を機械に置き換え一名を取り留める。
リハビリを終えた彼には、人々が打算しか考えない醜い鬼や機械に見えてしまう。
絶望する謝は、唯一の美しい人間・チグサと出逢い……。


~感想~
御大が2020年に欧米で出版した作品(※御大になぞらえ「作」と記そう)の邦訳版。
あとがきによるともう御大と小金沢しか言及しない(というか御大がまだ言及してくれて驚いた)かの「21世紀本格」の系譜に連なる作らしいが、ミステリというよりもSF恋愛小説である。
御手洗潔シリーズの作中作として出てくる程度の分量かつ内容で、欧米では大いに称賛されたそうだが端的に言うとこれを本当に称賛されたなら欧米の出版レベルは相当にアレ。
オチも展開も丸わかりかつ、発想もなんでも某エロゲにほとんど同じ設定のものすらあるそうで、現代コンプラに照らすとギリでアウトな気もする女性観も相当にやばい。
やばいと言ったらあとがきがもっとやばく、御大の生家はもともと往年の女優の妹が住んでいたそうだが、その妹は美人の姉びいきの実母にいびられて自決したという話を「私を作家にしてくれた」「けっこう面白い話」と嬉々として語る御大のコンプラ意識がまるでアップデートされていないことと、それを止められない編集者には頭を抱えてしまう。
わざわざ書いておいてなんだけどマジで炎上しないでくれよ……。

自分のような御大信者ならそもそもアレそうだったからだいぶ前に買ったのに一番後回しにして読み終えても「いやあやっぱりアレだったな」とニコニコしながら棚にしまうだけで済むが、なにがしかの期待を抱いて読むと壁に全速力でアレしてしまうかもしれないので要注意の作である。


26.3.8
評価:★ 2



飛鳥部勝則 / 封鎖館の魔
     


~あらすじ~
増改築を繰り返し無数の開かずの間を抱えた封鎖館。
かつて芸術家たちが青春を謳歌した狂騒の館は、令和にまたも事件を引き起こす。
密室での顔面切断死体を皮切りに殺人事件は連続し、館は雪に閉ざされた。


~感想~
「妹尾悠二シリーズ第3弾」と記されるがシリーズ探偵だったことをこの時まで知らなかったのに全く支障なく読めたので気にせずともよい。
ちなみに第1弾は今なお絶版の「レオナルドの沈黙」で第2弾は昨年のランキングを賑わせた傑作「抹殺ゴスゴッズ」である。

舞台となる封鎖館では昭和~令和の間にいくつもの事件が起きるが、2つの時代と2つの事件を行き来した「抹殺ゴスゴッズ」ほど入り組んだ構成ではなく、令和の事件を中心にオーソドックスな雪の山荘が描かれる。
先にトリックについて触れると館ミステリらしい仕掛けの方はほとんど隠す気も無いようで、自然と密室事件の真相にもなんとなく思い当たってしまう。終盤には「こんな仕掛けがあったらこんなことができる」と登場人物が嬉々として語るや「それトリックがモロバレだろ」と瞬殺される始末で、もしかして制作過程か何かを見せられてます?
しかしトリックがうっすらわかっても心配無用。その後に現れる真相は確実に意表を突くとんでもないもので、しかもそれは1つではない。
合間には特に理由のない暴力が襲ったり(※理由なさすぎて爆笑した)、華麗なライダーキックが決まったり(※強引すぎて爆笑した)、あまりにも昭和すぎる暴力系ヒロインが大暴れしたりするのに、ラストはいつものようになんか良い話に収まるところまで今回も純度の高い飛鳥部作品だった。
「抹殺ゴスゴッズ」ほどの大長編ではない分、ランキングの上位まで行くことはないだろうが、ファンならば必読である。このくらいコンスタントに出してくれるとうれしい。


26.3.3
評価:★★★☆ 7



ルーカスのいうとおり / 阿津川辰海
     


~あらすじ~
2年前に亡くした母との思い出の人形ルーカス。
母の死を乗り越えなさいとパパに捨てられたルーカスを河原で拾った日から周囲で事件が起こる。
犯人は30センチの人形なのか?


~感想~
帯には「あなたはこのフーダニットを見破れるか!?すべての伏線を見逃すな」と書かれているが中盤を過ぎたあたりで「フーダニットってそういうこと!?」となり終盤には「伏線ってやっぱりそういうこと!?」と事情が変わる。
このあたりネタバレになるので詳しくは言えないが、いっそネタバレして初めからそういうものだと明言しておいたほうが良かった気もする。
デビュー以来毎年必ず本ミスベスト10入りしている阿津川辰海作品でフーダニットと言われたらあっちを期待するが、このやり口は「パラノマサイト」とかそっちの方が近い。
作品自体の質は悪くないし、これはこれで面白いけども、しかしなにか釈然としない思いに終始囚われてしまう作品である。


26.2.22
評価:★★★☆ 7

 


犯人はキミが好きな人 / 阿津川辰海
     


~あらすじ~
隆一郎が好きになった女性は100%なんらかの罪を犯している。
幼馴染で名探偵志望の花林は、リューイチの恋心センサーを利用し謎を解く!


~感想~
隆一郎の能力は範囲内に入った女性が一定以上の重たい罪を犯したか、近々罪を犯すと察知すると自動的に恋心を抱くというあまりにも精度良すぎる代物で、一行目で犯人の名前を明かしてしまう麻耶雄嵩「さよなら神様」フォロワー(※勝手に呼んでる)作品に勝手に分類するし、きっと作者も「さよなら神様」を目指したと思うが、回を進めるごとにセンサーの使い方を工夫し独自の味を出してきて面白かった。
しかしどうしても相沢沙呼「medium」や紙城境介「僕が答える君の謎解き」ら10点満点を叩き出したフォロワー作品(※勝手に分類)には見劣りしてしまう。
そのどれとも違う切り口は見せていたが、始祖の「さよなら神様」からしてその設定で考えうる限りの変化球をあれだけ出してしまっており、挑むこと自体が難解ではある。
本作内でこれしかないいかにもな結末を迎えてしまい、シリーズとしては一作限りかもしれないが、なんせあの本格ミステリの鬼・阿津川辰海だから続ければいずれ「さよなら神様」を超えかねないので、なんとかして欲しいと個人的には思うのだが…。


26.2.17
評価:★★★☆ 7

 


新学期にだけ見える星座 / 似鳥鶏
     


~あらすじ~
3年に昇級した葉山くんの美術部にも一年生が入部。
霊感じみた直感を持つ岩境さんと、彼女の幼馴染で自ら調査に乗り出す中内くんを迎え、「密室で割れたツボ」「横滑りするプランター」「獲得できないはずのソシャゲキャラ」などなど謎に挑む。


~感想~
市立高校シリーズ5年ぶりの新作。第8弾。
卒業後の葉山くんとついに明かされた交際相手を描いてしまった最終回みたいな前作から平然と続いてくれてまずはありがとう。
個人的には有栖川有栖の江神二郎シリーズになぞらえ「伊神さんシリーズ」と名乗るべきだと主張してきたが、葉山くんの後継者候補が出てきてどうやら卒業後も平然と続きそうな様相になったのには驚いた。ちばあきお「キャプテン」と同じ趣向だったとは思いもしなかったし、それならタイトルは市立高校シリーズで納得である。

連作短編集で第一章から葉山くんがまるで伊神さんのような鋭い推理や、修羅場の数々で鍛えられた頼もしすぎる先輩らしさを見せつける。
第二・四章では柳瀬さんと所構わずいちゃつき、伊神さんが貫禄の推理力と変人ぶりを発揮し、しかし後輩から見た葉山くんの頼もしさから葉山くんが1年時の伊神さんも完全無欠に見えたが実はまだ未完成の名探偵だったのかもしれない…と想像させたりと、延々と「それだよシリーズ読者が求めているモノは!」を出し続けてくるなにこれご褒美?

しかし終章で急速ににおわせてきた裏の真相がもう出た瞬間から無理やり感あるそんなわけない、やっつけで付けたような粗仕掛けであり、デビュー作の「よくぞこれでデビューできた」と衆目を驚かせたがっかりトリックを思い出させてしまうのがあまりにも難。
この失速ぶりでシリーズ新作としては7点、ミステリとしては3点でトータル5点を付けざるを得なくなってしまったのは残念である。
とはいえシリーズファンなら必読としか言いようのない最新作なのは間違いない。本シリーズはもともと傑作と凡…それなりがなぜか交互に来がちであり、そういえば今回が傑作のターンだった気もするが、そのうち傑作が来るはずなのでまた気長にお待ちしています。


26.2.12
評価:★★☆ 5

 


白魔の檻 / 山口未桜
     


~あらすじ~
北海道の温泉湖近くの病院へ赴任した城崎と春田。
だが着任早々に春田の知人は殺され、地震により硫化水素ガスが迫る。
刻々と迫るタイムリミットの中、次々と殺人事件が発生していく。

2025年本ミス7位

~感想~
高評価を得たデビュー作から探偵役の城崎が続投。
矢継ぎ早に毒ガスと殺人事件が襲いかかる中、医師たちが孤立した病院を維持し続けるタイムリミット医療サスペンスとしてまずは秀逸。
そこにやたらミステリらしい首切りやら密室やらが現れるのはサービス精神だし、凡百のミステリなら2行で死亡確認する被害者を現役医師の作者は蘇生まで持って行くのも読みどころ。
だが本作と同じく地味ながら驚愕の真相で一気に傑作まで引き上げたデビュー作「禁忌の子」と比べてしまうとトリックも真相もあまりに地味。
真相を指摘する論理も見事だが「実は○○がありました」は言われてみればそりゃそうなんだけどちょっと禁じ手に足を踏み込んでしまっている感が強い。
あくまで前作と比較してしまうと見劣りしてしまうだけで悪くない作品だし、現役医師としての経験・知識を活かした他にない作風は健在であり、次回作への期待は持てるだろう。


26.2.2
評価:★★★ 6

 


事件 / 大岡昇平
 


~あらすじ~
スナックを営む女を刺殺した19歳の上田宏は、彼女の妹と駆け落ちしていた。
検察は無軌道な若者が駆け落ちに反対する彼女を計画的に殺害したと決めつけるが、菊地弁護士は丹念な調査で事件の本当の姿を洗い出す。

1977年日本推理作家協会賞、文春8位、東西ベスト(1985)23位

~感想~
先日読んだ小杉健治「絆」もなかなかガチの法廷での応酬を描いた作品…だと思っていたが本作と比べたら全然エンタメ抜群の「逆転裁判」でしたごめんなさい。
もうガチ中のガチでとにかく内容は煩雑。これでも娯楽作品として成立するように繰り返しになる部分は省いたりと配慮は至る所にされているものの、それでも読み通すのに一苦労である。
作者は新聞連載の段階では「若草物語」という牧歌的タイトルで未成年のシンプルな犯罪を描こうとしたものの、次第に他の法廷小説があまりに実状から離れているのに驚き、ガチの法廷小説であり、裁判制度の理想的な姿を目指して路線変更したという。
しかも改稿を重ねてよりガチに、より現実的にと研ぎ澄ましていき、この創元推理文庫版は最終形態へと進化を遂げた代物であるらしい。

そして本作をこれから読む方に注意喚起というかネタバレだが、日本推理作家協会賞やら東西ベスト23位とミステリとして高評価されているものの「上田宏が刺殺した」という事実は全く動かないし、裏に意外な真相もトリックも真犯人も全く潜んではいないのでそのあたりの期待をしてはならない。
裁判員制度まで始まってしまった現代にはもう本作はある種の歴史的な価値しかないかもしれないが、ガチ中のガチのリアルガチ法廷小説として本作の地位が揺るぐことはおそらくないだろう。


26.1.22
評価:★★☆ 5

 


探偵小石は恋しない / 森バジル
     


~あらすじ~
小石探偵事務所の代表でミステリオタクの小石には、人の恋心が矢印となって見える。
それゆえ恋に一切の興味がないが色恋案件が病的に得意なため、小石の望む推理案件ではなく色恋案件ばかり持ち込まれ…。

2025年このミス12位、文春8位、本ミス10位

~感想~
トリックが明かされた瞬間「すごいことやってのけたのはわかるがどうやって成し遂げた!?」と久々に驚愕した。

「人の恋心が矢印となって見える」といういわゆる特殊設定ミステリで、この特殊能力には潔く科学的な説明等は一切つかず、ただそういうものとして扱われる。
驚くべきはこの特殊設定はあくまで補助的なものであり、肝心要のトリックはこれに決して依存していないのだ。読み返せば全編に渡って張り巡らされていると言っても過言ではない伏線の山にも驚かされるし、それしかない結末とそのためにこそ作られた特殊設定にも驚き、とにかく何度も何度も驚かされた。
またミステリマニアの探偵が真相に気付いたきっかけとして3作品を挙げるのだが、それがなんなのか全く明かさないのも心憎い。読了後には誰かと語りたくなってしまう。絶対アレとアレは入ってるよね!?
総じて自分の好みのド真ん中を射抜かれた、最高に楽しい一冊だった。こんなに楽しく驚かされてしまっては10点満点しかないでしょう!


26.1.10
評価:★★★★★ 10

 


死の絆 赤い博物館 / 大山誠一郎
     


~感想~
時効かその寸前の未解決事件を、調査資料だけで敏腕変人美女警視が解き明かすシリーズ第三弾。
作者初のあとがきで各編のテーマと参考にした作品を挙げてくれており、読者サービスとしては満点ながらそれが作品の質にはあまり貢献していない気がしてならない。
もちろん大山作品なので一定のクオリティは保っているものの、先行作に挑戦し、先行作には無い要素を探した窮屈さと、ただ先行作にはなかっただけのアイデアだけでものされたような、いつもの大山作品より数段落ちる感じが否めないのだ。
もう少し踏み込んで言うと、一見普通のミステリから発想を飛躍させるのはこのシリーズの魅力ではあるものの、飛躍させすぎの作品が多すぎる。連作短編集に数作ならまだしもこれだけ全編ぶっとびさせ続けると食傷気味に思えてしまうのだ。
もう素直に今回は自分の好みではなかっただけだ。次回もこういう飛躍させすぎなのばかり来ると想定していたらきっと楽しめるだろうが、今回はその時ではなかった。


25.12.13
評価:★★★ 6

 

 


てのひらの闇 / 藤原伊織
   


~あらすじ~
飲料会社の宣伝部で課長を務める堀江は、早期退職に応じあと2週間で社を離れるという日に、グループ会長の石崎から指示を受ける。
石崎が偶然撮影した、幼児を転落事故から救ったスクープ映像でCMを作るという企画だったが、堀江はそれがCGで作られたものだと見抜く。
翌日、石崎は自殺を遂げた。個人的に石崎に恩義ある堀江は独自に調査を始める。

1999年文春6位、日本推理作家協会賞候補

~感想~
あらすじが語られる冒頭50ページでもう傑作の気配が漂う。のっけから道端で泥酔し倒れている堀江はやたらハードボイルドな物言いをするが、やり手の美人部下(※既婚)に世話を焼かれ愚痴を叩かれるダメンズ(死語)でもあるおもしれー男。
CG映像をめぐる謎解きだけでも面白いのに、急転直下で「静かなるドン」が始まったのには大爆笑。以後はやり手の上司兼友人やバーテンや先述の部下にモテまくる堀江がだんだんペルソナ主人公に見えてくる。
ヤクザの親分との一騎打ちを経てちょっとあまりに堀江に都合良すぎる決着を見てしまうのは少々やり過ぎ感もあるが、ミステリ的な真相も裏に潜ませ、エンタメ作品としては満点としか言う他ない。
原尞作品とはまた別の方向で大人の無双乱舞を描いた快作である。

惜しむらくは続編があったものの、作者の急逝により改稿途中で未完成のまま終わってしまったとのこと。原尞といい稲見一良といいハードボイルド作家は本人もハードボイルドな最期を迎え過ぎである。


25.12.5
評価:★★★★ 8

 


抹殺ゴスゴッズ / 飛鳥部勝則
     


~あらすじ~
令和の孤高の高校生2人が空想する怪神ゴスゴッズ。アンチ十戒を旨とし名を呼べば現れ暴を振るう。
平成の廃鉱山に現れる蠱毒王。悪魔的な死体人形を造り闇を蠢く。
2つの時代を隔てた事件の裏には人知を超えた存在が潜むのか?

2025年このミス10位、本ミス4位

~感想~
冒頭から架空の神がチンピラを叩きのめし、チェンソーマンに捧げるゲロチューで幕開けし、ネームドキャラの9割は変態か人格破綻者でもううれしくなってくる。
その後もセックス・ドラッグ・バイオレンスみたいな性と衒学と暴力が延々と続き、いかにもクライマックスで噴火しそうな活火山、いかにもクライマックスで落盤しそうな廃坑、終わってみれば全編に伏線が張り巡らされてるのにある展開にだけはどうしても繋がらなくて困ったのか伏線も理由もなしに唐突に挟み込まれるアレ、全裸待機、無双乱舞されるために30人も出てくるヤクザ、突然のエロ川柳、お前が名探偵やるんかい、お前が名探偵やるんかいⅡ、変態しかいないのになんかすごく良い話風のまとめ、などなど飛鳥部ワールドに次ぐ飛鳥部ワールド。15年ぶりの長編でも純度100%致死量の飛鳥部勝則を提供してくれる作者に花束を贈りたい。
ミステリを読んでいて声を出して笑うことなんてそうそう無いが本作は何度も吹き出した。全裸待機クソ笑った。
もちろん飛鳥部勝則なのでミステリとしてもちゃんとしており、全ての謎は残らず解かれ、そこに多重解決やひねりも加え、特に真犯人はまさかここでこう来るとは予想だにしなかった。
あと
「○○する馬鹿なんているわけねえだろボケ」
いやあ飛鳥部作品にはわりと普通にいそうだから全く不審に思わなかったな……。
予想は裏切り期待は裏切らないいつもの飛鳥部勝則、これは本ミス1位か本格ミステリ大賞行っちゃいますか!?


25.12.3
評価:★★★★☆ 9

 


狼少年ABC / 梓崎優
     


~あらすじ~
父親の仕事の都合でハワイの親戚の家へ移住した少女は、ある兵士の日記を見つけ彼の恋の行方に思いを馳せる…美しい雪の物語
映画マニアの友人が転落死を遂げた。彼の姉はどうやって撮影したのかわからない遺品の写真を見せ…重力と飛翔
カナダの雨林でフィールドワークに勤しむ3人。一人が「子供の頃に狼と話した」と言い出す…狼少年ABC
高校の同窓会。卒業式に段取りを無視して曲が流された放送室ジャック事件の真相が解き明かされる…スプリング・ハズ・カム


~感想~
実に作者12年ぶりの新作。
ミステリ界に燦然と輝くデビュー作「叫びと祈り」から15年でようやく3作目と、原尞だってもうちょっとデビュー当初は働いてたぞと言いたくなる寡作ぶりで、しかも各編どれも出題時点で真相をにおわせすぎておおよそこうだろうなと思った範疇から一歩も出ない、ミステリ的な強度が一切ない作品ばかり。
面白いし文章は巧みだし伏線も上手いけど「叫びと祈り」の頃の梓崎優はもういないんだなあ…と思ってたら最後の「スプリング・ハズ・カム」で度肝抜かれた。梓崎優やっぱりすげえ!!
すごいのはすごいんだがアンソロジー「放課後探偵団」に「スプリング・ハズ・カム」は収録済であり、未読の方にしか基本的には勧められないが、未読ならばぜひ読んでいただきたい。
「砂漠を走る船の道」や「凍れるルーシー」に匹敵するオールタイム・ベスト短編級である。


25.11.23
評価:★★★ 6

 


神の光 / 北山猛邦
     


~あらすじ~
一攫千金を狙い裏カジノに潜入したジョージ。首尾よく大金をせしめたがバイクが不調になり近くの小屋で一泊。翌朝目覚めるとカジノは砂漠の街ごと消失していた――「神の光」
他4編。

2025年このミス7位、文春2位、本ミス1位

~感想~
5つの短編全てが「消失トリック」という変態的な縛りで書かれた意欲作。
時代設定も戦時中から近未来まで様々で、その設定を活かした多種多様な消失トリックが施され、「物理の北山」の異名に恥じない豪快なトリックももちろんある。
白眉はやはり表題作「神の光」で、完全なる力業ながら町をまるごと一つあんな方法で消し去ってしまうとはと驚き呆れるばかり。某作家Sや某作家S'といいよくもまあアレをこんなふうに本格ミステリに落とし込めるものだ。
冒頭の「一九四一年のモーゼル」もやはり物語への消失トリックの落とし込みが秀逸で、「藤色の鶴」のように絶対そんなわけないトリックもそれはそれで面白い。
ジャンル的には全て消失トリックながらそれを全く感じさせない、稚気に富んだ楽しい短編集である。


25.11.18
評価:★★★☆ 7

 


スカーフェイク 暗黒街の殺人 / 霞流一
     


~あらすじ~
3つのマフィアがしのぎを削る港町で、名うての侠客・鮫肌の哲が何者かに密室で殺された。
鮫肌の哲を殺したとあらば名を上げられると、マフィアたちはこぞって犯人に立候補。
真犯人を突き止めるよう依頼された探偵・邪無吾は犯人候補のトリックを一刀両断していく。

2025年本ミス6位

~感想~
設定からして井上真偽「その可能性はすでに考えた」シリーズを思い出すが、内容もかなり近い。
犯人候補らのトリックは既に邪無吾が検討済みであり、時には物証から、時には動機からと様々な観点から矛盾を拾い上げては鎧袖一触で粉砕していく。
「その可能性」との差異は偽トリックを看破された犯人候補との霞作品らしいバトルと、会話に織り交ぜられた霞作品らしいしょうもないダジャレだけ……ではなく、明確にある仕掛けが隠されており、それもまた秀逸。多重解決ジャンルにありがちな肝心の真相がしょぼいこともなく、徹頭徹尾よく出来た作品であり、ぜひ本ミスでいいところまで行って欲しいと願う。


25.11.11
評価:★★★★ 8

 


最後のあいさつ / 阿津川辰海
     


~あらすじ~
刑事ドラマの名優が妻殺害の容疑で逮捕されるも、ドラマの名刑事さながらの推理で真犯人を指摘した。
30年前のその事件をなぞるように起こった新たな殺人事件。真犯人は別にいたのか?
名優は本当に名探偵だったのか?

2025年このミス18位、本ミス5位

~感想~
参考文献を見るまでもなく「相棒」と「古畑任三郎」をミックスさせた設定の刑事ドラマからそのまま抜け出してきたような名優の半生を振り返りつつ、現在進行する事件と30年前の事件の真実、そして名優と推理の正体、公開されなかったドラマ最終回の全貌に迫るノンフィクションのような構成で描かれる。
終盤にはミステリのある有名な要素も顔を出し、何重にも凝った構成ながらちょっとひねりすぎたか。またトリックもしょぼい。かなりパワータイプの密室で解決方法も力ずくであり、堅牢な密室にありがちな、真相はそれしかないけどがっかりさせられる類のものである。
ラストシーンは最高だったが、阿津川作品にこちらが(勝手に)期待しているのはそこではなく論理やトリックのほうであり、デビュー以来8年続いた本ミスベストテン入りも今度こそ厳しいのではなかろうか。
(※追記 ランクインしました。恐れ入りました)


25.11.4
評価:★★☆ 5

 


失われた貌 / 櫻田智也
     


~あらすじ~
媛上署に赴任したばかりの日野刑事。顔や指紋など身元のわかる特徴をことごとく潰された死体が発見される。
同期の羽幌から、10年前に失踪した父かもしれないと身元不明の死体が出るたび確認に来る少年を紹介され…。

2025年このミス1位、文春1位、本ミス3位

~感想~
連作短編集の名手による初長編。
終わってみればほぼ全ての描写が事件か物語上の伏線として機能し、作中で描かれる事象のほぼ全てになんらかの決着がつくという空恐ろしくなるほどの労作。
その計算し尽くされた構成には舌を巻くしかないが、だから面白いかと言われれば全く別の話で、魞沢泉(えりさわ・せん)シリーズでのミステリとして巧妙でありながら人の心の機微を描いた味わいが、長編になると無味乾燥に感じられてしまう。
ミステリとして刑事物として家族物として何もかも計算し尽くされた物語がちょっと人工的に見え過ぎてしまい、やっていることはいつもと同じでもそれを長編の分量で見せられるとちょっと引いてしまうのだ。
下手なたとえをするなら、松田聖子や松浦亜弥は生粋のアイドルだが2時間生放送で1秒たりともおろそかにしない、いついかなる時でも全力のアイドルぶりを見せつけられるとすごすぎて引いてしまうような。
とてつもない労力をかけたとんでもない力作ではあるが、「もう少しこう何というか手心というか…」とつぶやきたくなってしまう作品だと個人的には思う。


25.10.28
評価:★★★☆ 7

 



   


~あらすじ~
夫殺しの容疑で逮捕された弓丘奈緒子は罪を全面的に認めるが、3年前の引退から復帰した原島弁護士はひとり無罪を主張する。
彼女は本当に無実なのか? それならばなぜ自ら有罪を望むのか?

1987年日本推理作家協会賞、文春4位

~感想~
てっきり何作も出ていると思った原島弁護士シリーズの2作目にして最終作。
ほぼ全編が法廷内だけで描かれ、語り手はよく考えれば名前すら明かされていない無名の記者というなかなかトリッキーな構成。原島弁護士と検事の被告や証人への質問だけでほとんど話は進んでいき、ある社会派な問題も顔を出すが、裏にはザ・本格ミステリなとんでもない真相が隠されている。
語り手の記者は幼少期に奈緒子と知り合いであり、彼自身もまたこの事件に意外な関わりがあるのだが、それだけではない無名の彼の果たす物語的な役割が実に巧みで、ストーリーに何重もの厚みを加えてくれる。
直木賞と日本推理作家協会賞をW受賞しただけはある、物語としてもミステリとしても素晴らしい一作だった。

刊行はこのミス誕生前年だったがもし間に合っていたら間違いなく上位にランクインしていただろうなあ。


25.10.22
評価:★★★★ 8

 


宮部みゆき / この世の春
   
 


~あらすじ~
作事方を隠退した各務家を突如として訪ねた女中。失脚した重臣の息子を助けて欲しいと請われるが、ろくに面識のない各務家をなぜ頼ったのか?
怪訝に思う娘の各務多紀は大きな陰謀の渦に巻き込まれていく。

2017年文春9位

~感想~
あらすじをどこまで書いても未読の方の興を削がずにいられるか難しいところで、上記のあらすじは物語の単なるきっかけに過ぎず、ここから思いも寄らない方向へと展開し続ける。
出版社は「サイコミステリー」という時代小説らしからぬ冠をつけ、作者も「霊験お初シリーズ」はもちろん「クロス・ファイア」など心霊・SF要素を普通に用いてきたが、本作は現実とオカルトのどちらに転ぶかわからない綱渡りを続ける。
結局は●●の方へ傾き、個人的にはちょっとなんでもあり感の強すぎる真相に引いてしまったが、現代で描いたらエグすぎる題材を時代小説に落とし込んで中和させ、この時代でしかなしえない結末へと導いた手腕はさすがであり、物語としては面白かった。

ただ「小説史に類を見ない、息を呑む大仕掛け。そこまでやるか、ミヤベ魔術!」という宣伝文句に値する「小説史に類を見な」さも「息を呑む大仕掛け」も「そこまでやるか、ミヤベ魔術!」らしさもどこにも見当たらなかったことは付記しておく。
本当になんなのこのキャッチコピー?


25.10.16
評価:★★★☆ 7



小川哲 / 君のクイズ
   


~あらすじ~
1千万円の掛かったクイズ大会の決勝。同点で迎えた最終問題に対戦相手の本庄絆は1文字も聞かず正解した。
やらせか? そうでないのならなぜ彼は0文字で正解できたのか?

2022年日本推理作家協会賞、本屋大賞候補、2023年このミス7位

~感想~
アカデミー賞作品「スラムドッグ$ミリオネア」に似た構成なのはもちろんのことまず真相ががっかり。想定の範囲内かつその中でも最も面白くない真相の一つに過ぎない。
広く知られていないクイズ解答者の技術や裏側は物珍しく、そこは面白く読めたもののそれ以外がいただけない。
「スラムドッグ$ミリオネア」さながらに最終問題に至るまでの問題になぜ正解できたのか、半生を振り返りつつ紐解いていくが、その逸話が単純につまらないのだ。
通勤の往復でほとんど読めてしまったほどリーダビリティが高いというか、内容が薄いので気軽に手に取れるが、0文字正解という魅力的な謎に対するアンサーとしてはがっかりと言う他無い。

またこれは作者の責任ではないがどうしてこれがかの歴史的傑作に近い白井智之「名探偵のいけにえ」を退けて日本推理作家協会賞を射止めてしまったのだろうか?
しかも2作品同時受賞であり、「名探偵のいけにえ」が3位に甘んじたのは選考に納得がいかない。思わず選評を読んでしまったが(※選評なんて腹が立つだけなので読むべきではない)ろくに「名探偵のいけにえ」のすごさを理解すらしていない様子だった。かえすがえすもがっかりである。


25.9.12
評価:★★☆ 5



宮部みゆき / ペテロの葬列
 


~あらすじ~
取材の帰りにバスジャックに遭遇した杉村三郎。
犯人の老人は人心掌握術に長け、巧みな弁舌で自身のペースに巻き込む。
彼が人質たちに慰謝料を払うと約束したことから事態は大きく動く。

2014年このミス7位

~感想~
杉村三郎がいったい何をしたって言うんだよ!!!

いきなり結論から叫んでしまったが杉村三郎シリーズ第三弾は実に容赦ない。容赦なくえぐいシリーズだとは承知していたがまさかここまでとは。
とりあえずきれいごとばっかり口にするあいつは一発殴らせて欲しいし、いくら当事者間の問題だとしてもあいつには一言謝って欲しい。
読み終えるともはや事件などどうでも良くなってしまうが、謎めいたバスジャック犯の老人の正体に迫る丹念な調査と、そこから起こり得るだろう納得しかない事態の推移はさすが宮部みゆきである。
しかしそれらは物語のある構図と比べたら二の次だ。国民的作家の筆力で様々な男女の形を的確に丁寧に描き分けて見せた末のアレである。もう一度言おう。

杉村三郎がいったい何をしたって言うんだよ!!!

余談だがドラマ版のあらすじを見たところ杉村三郎にも若干の非があるようアレンジされてて笑った。原作はほぼ非がないもんな…。


25.9.10
評価:★★★☆ 7



宮部みゆき / 誰か
 


~あらすじ~
大会社の令嬢と結婚しグループ広報誌の編集部に務める杉村三郎。
自転車にはねられ亡くなった運転手の娘たちから、逃走した犯人を探すため父の自伝の出版を依頼される。
しかし長女は父には後ろ暗い過去があったのではと疑っていた。


~感想~
杉村三郎シリーズ第一弾。
宮部みゆき作品といえばよく「模倣犯」の容赦なさが話題に上ると思うが、このシリーズも相当えぐい。
「模倣犯」は連続猟奇殺人事件という現実から浮いた話だが、本作も人の死を扱うものの、えぐいのはそちらではなく杉村三郎の扱いの方。
杉村は妻子をこよなく愛する平凡な人柄だが、妻が社長令嬢という一点のみで容赦ない偏見と陰口にさらされる。だが彼もまた妻子への想いこそ揺るぎないもの、自分に本当に打算は無かったのか、この想いは本心からの物なのかという疑念に常に苛まれている。
その地に足の着いた描写のえぐさだけではなく、本編でもいくつもの容赦ない人間の裏側が丹念に描かれる。
杉村のやけに有能な、しかも自らを傷つけるような調査ぶりは若竹七海「葉村晶シリーズ」を思い出さずにはいられない。
しかもこのシリーズのえぐみは今後さらに増していくのであった。

あと全くの余談だが文庫版の解説は「『模倣犯』で一敗地にまみれた前畑滋子が~」と言っているが、

前畑さんは負けてない! 犯人を檻にぶち込んだ!
お前の負けだ! 前畑さんの勝ちだ!


25.8.19
評価:★★★ 6



折原一 / 沈黙者
   


~あらすじ~
スーパーで万引きした若い男は警備員に暴力を振るい逮捕された。
微罪か注意で済むはずだったが彼は名前を明かすことを頑なに拒み、重い処罰を受ける。
年の瀬に起こった2件の一家惨殺事件と関わりがあるのか?

2001年文春4位

~感想~
作者お得意の超有名事件を題材にした作品だが、タイトル「沈黙者」と関わる事件のほうもなんと実在する。
解説の佐野洋氏も「こんな微罪で懲役6年なんてあるわけがない」と誤解してしまったが、実際に起こった事件で、万引き及び暴行(※実際の事件では催涙スプレーを噴霧した)という素直に謝れば微罪で済んだだろうに、犯人は名前も素性も一切明かさず、その反省の色の見えない態度のせいで実刑を喰らったという。
ミステリ的にはこれとこれがこう繋がるという技巧はさすがだったが、正直この「沈黙者」事件が実在するという事実が最も興味深く、作品自体を上回ってしまっているし、有名事件を題材に採るのはいつものことながら未解決の猟奇事件を扱うのはいささか趣味が悪く感じられてしまった。


25.8.9
評価:★★★ 6



折原一 / 失踪者
   


~あらすじ~
連続失踪事件の被害者の遺体が見つかった物置の裏手で15年前の失踪者の白骨死体も見つかった。
15年の時を隔てた連続失踪事件は同一犯「少年A」によるものなのか?

1998年文春10位

~感想~
超有名事件を題材にした「○○者」シリーズがかの「少年A」に手を出したが、事件の様相はまるで似ていない。
イケオジライターと美人助手ペアの調査を軸に、入り組んではいるが終わってみれば納得の仕掛けが凝らされ、完成度はなかなか高いものの、こういう風に物語を運んできたならまず間違いなくこう着地するという予想にピタリとはまってしまうのが美点であり欠点。
とはいえ予想通りの所へ綺麗に収まらせる話のまとめ方は熟練の技であり、ここは素直に褒めておくべきだろう。
読んで損のない佳作である。


25.7.29
評価:★★★ 6

 


南海遊 / 永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした
     


~あらすじ~
母の死により3年ぶりに生家の永劫館に帰った侯爵家の跡取りヒースクリフ。
母の友人で遺言を見に来たという謎めいた魔女リリィジュディスの異能により、彼は時をさかのぼり繰り返す。
全ては最愛の妹コーデリアと魔女の終わらない死を止めるために。

2024年このミス12位、本ミス5位、本格ミステリ大賞候補

~感想~
いわゆる特殊設定ミステリで、作者初の本格ミステリながら設定を完璧に活かしきった構成が光る。
おそらく初ミステリのためか伏線やヒントはかなりあからさまなのだが、それが逆によく考えていれば自分にも解けていたかもしれないというちょうどいい塩梅になっており、仕掛けやトリックのわかりやすさと納得感も高い。
トリックもプロットもほぼ特殊設定に依存し、その緻密ながら極めて平易な真相を編み出したバランス感覚は素晴らしいものである。

一方で一つ間違えばややこしくなり過ぎたり、単純明快過ぎれば瓦解してしまう危うさもあり、本作は奇跡的なバランス感覚で成し遂げられた偶然の産物かもしれないが、それは次回作以降の話だ。
ともあれ本ミス5位、本格ミステリ大賞候補と高評価を受けたのも納得で、個人的には大賞を射止めても良かったと思う(潮谷験「伯爵と三つの棺」、白井智之「ぼくは化け物きみは怪物」、夕木春央「サロメの断頭台」と傑作揃いにもかかかわらずだ)、好みにスマッシュヒットの傑作だった。

余談だがラストシーンはだいたい(※ややネタバレのため伏せ字)
「コードギアス復活のルルーシュ」だった。


25.7.15
評価:★★★★☆ 9

 


高野結史 / 奇岩館の殺人
     


~あらすじ~
日雇い労働者の佐藤は行方不明の友人を追い、奇妙なバイトに身を投じる。
それは大富豪を顧客とした、現実に殺人が行われる壮大な推理ゲームだった。


~感想~
ガチで人を殺す不謹慎すぎる推理ゲームの運営側が、予期せぬトラブルにあたふたしつつなんとか取り繕って進行していく裏パートと、その推理ゲームに参加したと思われる友人を追う男が、ゲーム内の登場人物として振る舞いつつ真相を探る表パートが同時に語られる凝った構成の力作。
ノリは傑作マンガ「金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」さながらに軽く、表裏パートともに状況に振り回され続ける様が面白い。ミステリとしてもコメディタッチの作品だけに強引な面は多々あるが、意外性ある展開が最後まで続き楽しませてもらった。
終盤には作者のミステリ愛も光り、読みどころの多い良作エンタメである。


25.6.30
評価:★★★☆ 7

 


香納諒一 / 心に雹の降りしきる
   


~あらすじ~
7年前に行方不明になった少女の遺留品が発見され、生存を絶望視する県警捜査一課の都筑はしぶしぶ捜査を再開。
その矢先に情報をもたらした男が不審死を遂げ、さらに連関するように様々な事件が起こる。全ては繋がっているのか?

2011年このミス9位

~感想~
先に読んだ解説に「魅力的な主人公」と書かれてる都筑が開始17ページで誘拐被害者の父親を騙してスナックの女に貢いだ金を取り戻してるド級のクズで白目剥いた。
腕は立つが聞き込み中にアイスを食ってサボるし、金を騙し取る過程でそのへんの男に冤罪まで着せてる最悪の都筑は怒涛の展開に巻き込まれさすがに反省の色を見せるも、それで序盤に稼いだ大量のヘイトポイントを消化し切るところまでは行かない。やや複雑な家庭環境のトラウマに苛まれるとタイトル通り「心に雹の降りしきる」がとても同情できず読者の心にも雹の降りしきる。
登場人物と事件が多すぎて煩雑な面はあるが二転三転し続け、意表を突き続ける展開はいたって面白く、都筑へのヘイトこそ最後まで無くならなかったが、話自体は非常に読ませるものだった。


25.6.26
評価:★★★ 6

 


今野敏 / 蓬莱


~あらすじ~
スーパーファミコンへの移植が決まったシミュレーションゲーム「蓬莱」。
ゲーム会社社長の渡瀬はヤクザに販売を撤回するよう迫られる。さらにプログラマーが不審死を遂げ、渡瀬は関与を疑う。
なぜ極道がゲームの販売を止めようとするのか? その裏には思わぬ真実が潜んでいた。

1994年このミス18位

~感想~
オリジナルゲーム「蓬莱」は要するに「シヴィライゼーション」でこれが独自のアイデアならばすごいが、「シヴィライゼーション」は日本でも本作の2年前に発売されており、アイデアを借りた可能性は残る。
明らかにスーファミの性能を超えているのはフィクションだから構わないし、その隠された謎は思いも寄らない方向へ広がっていき、さらに作者の別シリーズの主人公の安積警部補が探偵役として登場するなどエンタメ性は十分。
とどめとばかりに一般サラリーマンの語り手とヤクザによる血まみれのタイマンバトルが15ページに渡って繰り広げられるのもとにかく読者を楽しませようという気概が感じられて良かった。
さすがほぼ昭和ミステリ、ヤクザに殴られた報復はヤクザを殴ってやり返さなくては!


25.6.7
評価:★★★ 6

 


逸木裕 / 彼女が探偵でなければ
     


~あらすじ~
高校時代に天職の探偵業に目覚め、人の本性を暴くことに魅せられてきた森田みどり。
探偵社で上司となった現在も彼女はそれに囚われていく。そして5つの子供の関わる事件と出会い、自らの人生を見つめ直す。

2024年本格ミステリ大賞

~感想~
「わたしの調査に手加減はない」は葉村晶シリーズの短編のタイトルであり、葉村晶を一言で表す言葉でもあるが、森田みどりにもぴったり当てはまる。
いや厳密に言えば調査じゃないことも多いのに手加減しないみどりはもっと怖い。やばい。
そんなみどりが本作では子供達を相手に手加減しない。
原尞「天使たちの探偵」も同様に子供達を相手取った連作短編集だが、独身中年男性の沢崎より二児の母のみどりのほうが子供に関わったらやばい気がするのはなぜだろう。

結論から言うと面白かったけど、面白かったけども本格ミステリ大賞と言われてしまうと、これまでいくつもノミネートされていた、年間ランキングには全く引っ掛からなかったがなぜか大賞の候補に上がり、結局受賞できなかった諸作品と何が違ったのかは正直なところよくわからない。
森田みどりという稀有の探偵は前作「五つの季節に探偵は」含めこの2作で大ファンになったが、本格ミステリ大賞かぁ……。個人的には潮谷験「伯爵と三つの棺」に軍配を上げる。


25.6.2
評価:★★★☆ 7

 


逸木裕 / 五つの季節に探偵は
   


~あらすじ~
私立探偵の父を持つ榊原みどりは友人に頼み込まれ教師を尾行する。
見様見真似の探偵ごっこに彼女は意外な才能を見せ、そして自分の中の大きな欲求に気づく。


~感想~
ミステリ界にはシリーズ物の主役を務める女探偵が何人もいるが、その中でも異彩を放つのがこの榊原/森田みどり(※途中で結婚し姓が変わる)である。
探偵が天職という意味では若竹七海の葉村晶に通じるが、葉村晶とはまた違う、探偵としてしか生きられない、高校デビューというやや遅咲きだが生まれながらの探偵気質で、基本的にモラルがない・ほぼ趣味で探偵をやっている・解決能力だけはある点ではメルカトル鮎や榎木津礼二郎に近い。
「うるせー!趣味だ!」で怪人ガロウもたぶんワンパンで倒せる。
しかしみどりは異能に片足突っ込んでいるメルカトルや榎木津とは比ぶべくもない一般人なので葉村晶くらい危なっかしい。みどりと同じ依頼を葉村晶が受けていたらと想像するとたぶん3回くらい死んでる。
あと怖い。犯人視点の倒叙形式で描かれる彼女の探偵ぶりはもうホラーである。
古畑任三郎やコロンボや福家警部補はあくまで仕事でやっているし、葉村晶だって報酬は受け取っているがみどりはほぼ趣味だし、仕事の範疇を平気で踏み越えてくるのだ。
そういう意味ではキャラ小説に近いが、ミステリとしても飛び抜けた良編こそないが安定感ある仕事ぶりで、本格ミステリ大賞を射止めた続編「彼女が探偵でなければ」の前にまずはここからお試しあれ。


25.5.29
評価:★★★☆ 7

 


古泉迦十 / 崑崙奴
     


~あらすじ~
8世紀、戦乱から復興した長安で進士を目指す裴景は、伝説の崑崙奴めいた使用人から主で裴景の親友が失踪していると聞かされる。
折しも長安では腹を割かれ内蔵を奪われた無惨な死体がいくつも見つかっていた。

2025日本推理作家協会賞

~感想~
デビュー作「火蛾」で各種ランキングの上位を賑わせたものの第2作が出ないまま24年経った幻の作者がまさかのカムバック。
しかも本作で日本推理作家協会賞を射止めてしまい、読者の度肝を二重で抜いた。

24年待たせただけはある、とまでは言わないが豊富な資料を当たって丹念に描かれた重厚な世界観は特筆もので、ディテールの細かさに圧倒される。
しかし物語は至って地味で、語り手はちょっとびっくりするほど長所はおろか特徴もない凡人で魅力に欠ける。武侠小説的な要素も少しはあるがメインを張るほどではなく、トリックも推理も目を引くものはない。
その中で存在感を放つのが各所に漂う京極夏彦リスペクトだ。
誰もが真っ先に思い浮かべるのが「魍魎の匣」で、次に「鉄鼠の檻」と「塗仏の宴」。「陰摩羅鬼の瑕」と「絡新婦の理」も見え隠れし、ラストは「姑獲鳥の夏」で締める。特にアレは意識していないと言われたら絶対嘘だろう。
固有名詞の多さと歴史背景の特異さでやや読者は選ぶし、「火蛾」のように本格ミステリとしてあまり評価は得ないだろうが、歴史エンタメミステリの佳作ではある。


25.5.20
評価:★★★☆ 7



長沢樹 / 夏服パースペクティヴ
   


~あらすじ~
革新的な映画監督の真壁梓は高校生歌手コンビHALのMV撮影をドキュメンタリーとして撮影する新作を発表。
オーディションに合格した樋口真由らはスタッフとして二重構造の撮影に参加するが、真壁には別の思惑があった。

2013年本格ミステリ大賞候補


~感想~
本格ミステリ大賞の候補に上がったのも納得の凝りに凝った構成で、ドキュメンタリーのドキュメンタリーというただでさえ虚実織り交ぜた二重構造に、それを活かしたありったけのトリックとプロットをぶち込み、合間には背景を語る伏線となる断章を挟んでそれらを補強する。
過剰なまでに熱の入った力作ながら難点がいくつか。

まず前作「消失グラデーション」の存在がネックで、ただでさえ諸事情によりシリーズ化が困難な代物なのに、前作のネタバレ無しでこの第2作を書いているため前作に関わる描写がとにかく窮屈。
それなのにたぶん前作を読んでいなくても真相に気づいてしまうだろうあからさまな匂わせやほのめかしが豊富で、わざわざネタバレ無しにした意味はほとんど感じられない。作者がネタバレしないよう書くのは楽しかったかもしれないとは思うが。
未読の方は絶対に先に読んでおくことをおすすめする。

個人的に最もうんざりしたのが真壁梓のキャラ造型で、「認知症の祖父を祖母のふりして誘惑してみた!」が代表作のただ脱ぎっぷりがいいだけの炎上系YouTuberみたいな実績しか無いくせにやたら評価されているのがまず腑に落ちない。
現代コンプラなら秒で社会的に抹殺されているし「してみた!」もオチがつかなかったのでヤラセでお茶を濁したことを得意げに初対面の高校生に明かしてしまう。ネットに晒される危機感とかないの?
そんな実績・実力ともに疑問符のつく自称ゲージツ家の彼女は、口を開けばマウントを取るか人間性をこき下ろすか下品なセリフを吐くかの三択で、しかも極めて自分勝手な理屈で撮影中常に周囲を振り回し、ヘイトを一身に集めてやまない。
もちろん本格ミステリ大賞候補なのでそれぞれに理由はつくが、それでタンク役を解かれるほどヘイトが減ることはなかった。

あとこれはただのツッコミどころだが、幼馴染の男女が終始イチャイチャし震える彼女の肩を抱いて頬を伝う涙を指で拭ってやりながら「お前のいいとこ全部知ってる」とささやき、その手を両手で握り返されてるのに全然付き合ってないし幼馴染だから恋愛感情ゼロなのも説得力と現実味なさすぎてずっと納得行かなかった。もう付き合っちゃえよ!!!


25.5.8
評価:★★★ 6



衣刀信吾 / 午前零時の評議室
     


~あらすじ~
裁判の事前オリエンテーションとして判事に集められた7人の裁判員たち。しかし彼らは過去の冤罪事件との縁から罪を問われ、評議室に閉じ込められる。
審議中の裁判が無罪か有罪かを解き明かさなければ午前零時に部屋は爆破される。生死を掛けた評議が始まる。

2025年日本ミステリー文学大賞新人賞


~感想~
デスゲーム×法廷×本格ミステリという頭の悪そうな(失敬)設定だが、作者は所属事務所を明らかにし検索すればペンネームそっくりの本名も確認できる御年61歳の現役弁護士。デビュー作ながらデスゲーム・法廷・本格ミステリのいずれも高水準でまとめる確かな手腕を見せた。

まずデスゲームはアクシデントが続発して思い通りに進まず、評議室の内外では丁寧に法廷さながらの検討がなされる。そのさなかにいかにも本格ミステリらしい事件も発生し、タイムリミットサスペンスと推理ゲームが両輪で進んでいく。
リアリティよりもエンタメ性を重んじ、某超有名作品を思い出さずにはいられない、ちょっと奇をてらい過ぎな大仕掛けやどんでん返しが相次ぐが、言われてみれば確かに書いてる豊富な伏線で説得力を持たせてしまう。
二転三転し続け、最後の最後までどこに着地させるのかわからない、盛りだくさんの実に楽しい作品である。
これがデビュー作ならではのてんこ盛りかはっきりさせるには次を待つ他ないが、次回作にも期待せざるを得ない。


25.4.24
評価:★★★★ 8



若竹七海 / まぐさ桶の犬
     


~あらすじ~
隣人に付き添いパーティーに参列した葉村晶は、一癖も二癖もあるその親族たちの暗闘に巻き込まれる。
親族の一人でエッセイストの乾巌に人探しを依頼されるが、それは親族の泥沼の争いに関わっていた。


~感想~
葉村晶シリーズ待望の長編。…だったがこれまでの傑作群と比べると数枚落ちるか。
まず一族のドロドロの争いを描いたせいで人間関係が極めてややこしく把握しづらい。意外な血縁が明かされても誰が誰やらで、驚く前に誰の話をしているのか理解するのに一苦労。キャラ数もおそらくシリーズで最も多い。

また有能だが不運な葉村晶が次々と厄介事をふっかけられるのはいつものことだが、今回は自分勝手なメンツ揃いなせいもあり明確に悪意があったり、思いやりが無かったりで理不尽な目に遭うのが多すぎて、ちょっと引いてしまった。
加齢とブランクゆえか推理の冴えもいまいちで捜査や論理も後手に回り続け、最後まで巻き込まれたまま終わってしまった感も強い。
ミステリファン必読のシリーズとして推しているだけに久々の長編に期待しすぎてしまっただろうか。


25.4.16
評価:★★☆ 5



辻真先 / にぎやかな落葉たち
   


~あらすじ~
石割桜のそばに建てられたグループホーム若葉荘には、切り盛りする元少女作家の野末寥を筆頭に、個性豊かな入居者と職員が集う。
だが豪雪の中、密室殺人が発生。なぜ今、誰がこの時に犯行に至ったのか? 因縁は数十年前にさかのぼる。


~感想~
典型的な雪の山荘と密室殺人を題材にしながら、事件が起こるのは後半で、やたらとキャラ立ちした登場人物たちの日常と過去が延々と積み重ねられる。
密室トリックは平凡で、過去の因縁も被害者の正体も予想の範疇ながら、最後の最後に明かされる犯行経緯と動機が実に強烈。
東野圭吾の某作を思い出させる犯行経緯と、丹念な描写の蓄積で納得させてしまう動機の2本立てを見せられては、全ての不満が吹き飛ぶ。
一読の価値ある良作である。


25.4.8
評価:★★★☆ 7



島田荘司 / 伊根の龍神
     


~あらすじ~
伊根湾に龍神が現れたと聞き、見物に行こうとした石岡和巳は御手洗潔に止められる。
「本当に危険なんだよ石岡君。近寄ってはいけない」
しかし石岡は行動力ある女子大生の藤浪麗羅に強引に連れ去られてしまう。


~感想~
本作がタイトルだけ告知されたのは何年前のことだろうか。
2016年刊行の「御手洗潔の追憶」で改めて言及されるとともにある趣向が明かされたが、それからも早や9年、まさか本当に発売されるとは思わなかった。

開始20ページで原発・奇想かと思ったらただの童話・新たなる語尾伸ばしギャルが現れ、もはや老境に差し掛かった石岡くんがほぼ初対面のギャルに伊根へと連れ去られる怒涛の展開。
その後も近年の作者らしい、秦の始皇帝はユダヤ人!徐福もユダヤ人!天皇家の祖先は徐福!あと砂糖は有害!と一線を踏み越える陰謀論その他をわめきちらす。石岡くんや御手洗の発言じゃなければセーフってわけじゃないんですよ?
展開もとにかく色々と粗く、ギャルと同室で普通に寝る石岡くんはまだしも、殺人犯かもしれない男の民宿で危機感なく普通にもう一泊したり、石岡くんの100倍目立ちそうな横浜のギャルを差し置き石岡くんが顔を隠したらなぜかついさっき会った男に気づかれなかったりと不自然な描写が散見される。
肝心のトリックも大掛かりだがだいたい知ってたもので、とにかく色々とアレな作品だったが、では楽しめないかというと我々古株の信者はラスト30ページで大満足できるからファンには安心しておすすめできるのは確か。それが「御手洗潔の追憶」で言及されていたことは完全に忘れていたので、同じく忘れている方は読み直さないほうがいいだろう。

「ローズマリーのあまき香り」の100倍は面白かったが比較対象があれなだけだし、2020年を舞台にしたのもちょっと無理があり、「ローズマリー」で「御手洗ワールドではコロナもウクライナも起こらないのだろう」と推理したのも完全に外れてしまったが(じゃあなんだったんだよあれは!?)個人的にはニコニコしながら読み終えられた。


25.3.28
評価:★★★ 6



潮谷験 / スイッチ 悪意の実験
   


~あらすじ~
家族経営のパン屋への援助を打ち切るか否か?
心理コンサルタントの安楽是清は6人の学生・職員らに純粋な悪意の存在を測る実験として高額バイトを持ちかける。
期間の終盤、思いも寄らない事態が訪れ、そしてパン屋にも事件が起こる。

2021年メフィスト賞


~感想~
後に「伯爵と三つの棺」で年間ランキングを賑わせた作者のデビュー作。
「伯爵と三つの棺」は空恐ろしくなるほどの完成度の高さと、歴史的事件の当事者の手記という設定から外れた軽妙な描写が楽しかった作者だが、デビュー作とありどちらも控えめ。
とはいえある意味でタイムリミットサスペンスのような設定を活かし、タイムリミットとともに起こる2つの事件から始まる推理と駆け引きは十分に読ませる。
トリック自体はごく単純な論理から導けるシンプルなもので、正直長編を支えられるレベルにないが、主眼は動機と解決をめぐる駆け引きのほう。
京極夏彦「鉄鼠の檻」を思い出さずにはいられない終盤の問答もそうだが、論理戦や心理戦というよりもやっていることはほぼ憑物落としで、決着手こそ荒唐無稽なものだったが作中で繰り返し示唆されており納得感はある。
内容に比して間延び感があったことは否めないが、最後まで面白く読めた。


25.3.22
評価:★★★ 6



柚月裕子 / 暴虎の牙
 


~あらすじ~
昭和57年、半グレ集団呉寅会を率いる沖はマル暴刑事の大上に目を付けられる。
沖はカタギに手を出さずヤクザだけを標的にしており、笹貫を恨む大上は共倒れにさせようと画策する。

2020年文春9位

~感想~
シリーズ第3作。
2部パートに分けられ前半は第1作「孤狼の血」の大上、後半は第2作「狂犬の眼」の日岡が捜査側で登場するが、本作の主役は呉寅会を率いる沖。
沖は筋を通しカタギにこそ手を出さないがクサレ外道には違いなく任侠とは呼び難い。
これまでのシリーズではミステリ的にも美味しい仕掛けがあり、今回も裏切り者は誰かという謎があるにはあるが、京極夏彦「陰摩羅鬼の瑕」くらいほとんど隠す気はなく、それこそ「陰摩羅鬼の瑕」のように、自明の理に一人だけ気づかない悲哀を描いており、そのあたりの期待もできない。
また後半に登場する日岡が文庫版解説も指摘する通り、大上と比べると実力的に全く及ばず、「狂犬の眼」よりさらに進歩した姿が見られず残念だった。

前2作にこそ引けは取ったが、警察 VS ヤクザ小説の傑作シリーズとしては十分な新作であり、てっきり完結編と思っていたがどうやら明言はされていないようで、シリーズ再開があるならその時にはミステリ的な魅力も日岡の飛躍も見せてもらいたいと願う。


25.3.16
評価:★★★ 6

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