※北山猛邦「月灯館殺人事件」完全ネタバレ感想


1.メイントリック
まずなんといってもメイントリックだ。一人三役かつ性別トリックなのだが、三人称なのをいいことに作者の都合よく呼び名を使い分け、その場に何人もいるように見せかける。一人称で嘘をついているわけではないので厳密にはアンフェアではないが、麻耶雄嵩の某作のように「嘘をついてなくてもフェアとは限らない」の好例で、フェアだがやりたい放題という鬼畜の所業である。
だが細かくセリフや描写を拾っていくと伏線や不自然さも次々と目に止まる。たとえば会食の場面では給仕役でいるはずの白百合がいなかったり、席順をよく見ると夢川の位置に孤木がいたり、天神人の「全員揃わなかった」も本来数にカウントすべきでない給仕役の白百合や息子のノアだけが不在のはずなのにと、ヒントはそこかしこにある。「こんなのアンフェアだろ!」と思ったがよくよく見れば「ちゃんとしてやがる!」と毒づきたくなってしまう。
実は初期作品群でも似た趣向をやっているのだが、その時はバレバレだったり、あまりに描写が下手だったり、いくらなんでも不自然すぎたりと自滅していた。経験を積み力を付けた現在の作者はここまで騙し切れるほどに成長したのかと驚かされた。

伏線の綱渡りもたびたびしていて、特にあからさまなのが孤木の部屋に入って行き消失する白百合だ。後から読み返すとなぜ気づかなかったと驚くほど象徴的なのだが、よくよく考えてみるとこれ、実はさほど必要な描写ではない。
むしろ真相を無駄に匂わせている危険さで、それなのになぜわざわざ描いたかというと、「読み返した読者をなぜ気づかなかったと悔しがらせるため」ではないかと考えるのは邪推だろうか。


2.悪意
そう、本作には随所に悪意が感じられる。本格ミステリの神と呼ばれる天神人などの誰かを想起させる登場人物から始まり、本格ミステリ七つの大罪というパワーワードと、その大罪とされるのにおよそ罪とはいえないような些細な所業。(※盗作は除く)
「本格ミステリは過去作の再生産に過ぎない」とうそぶき、その証拠として自身の20年前の作品のトリックをそのまま持ち込む荒業。
「ダンガンロンパ霧切」が初出だと思うが、「物理の北山」の名に恥じない物理トリックによる密室を多数作りながら、名探偵も名推理も不在で、答えをただ読むだけという解決編。
一人三役とか殺人計画の乗っ取りとか斧を持った巨漢にノーダメージで完勝とかあまりに都合よく進む犯行。
その刃は明らかに作中人物だけではなく、読者にも向けられている。

読者も七つの大罪になぞらえられる罪を犯しているのではないか? とっくに誰かが書いたものの焼き直しをしつこく何度も何度も読んでいるだけでは? その証拠に「瑠璃城殺人事件」のトリックなんて覚えてないだろ? 名探偵も推理もどうでもよくて答え合わせが読めればいいんだろ? どうしてこんな無茶な犯行が出来たのかって? 出来たからでいいんだろ? 細かい説明いる? え? あんなあからさまな伏線に気づかなかったんですか? 必要ない綱渡りをわざわざしてあげたのに?

このあたりダンガンロンパのトリック案に関わり、スピンオフも手掛けて来たことで、第三の壁を超える悪意に磨きをかけたのではとダンガンロンパのファンとしては思いたくなる。


3.本格ミステリへの愛憎
犯行の動機もふるっている。「著作権切れによるアイデアの独占」もすごいが、「物理トリックが可能なことを示すため」もやばい。どっちも本格ミステリに激しい愛憎を抱いていないと出てこない発想だ。確かに著作権切れで奪ったアイデアが数十年後に平気で使えるジャンルなんて本格ミステリしかねえわ…。
著作権といえば途中で何度か違和感は覚えていたが、調べてみたらやはり現在は70年に延長されていた。作中の時間設定は2016年で、その2年後に改定されたのである。72歳だからまだ独占できると考えていた犯人は92歳までお預けを喰らうことになり、苦労が水の泡となったのだが、そのことすらも作中で言及されないのは恐れ入った。

そして「全ての本格ミステリを終わらせる本格ミステリ」と大上段に振りかぶりながら、しかし最後の一行で明かされる事実は、明らかに本格ミステリの金字塔のアレを念頭に置いている。
しかしながら本編で名探偵は敗北し、名推理を披露する間もなく、ただ犯人によって書かれた真相を読むだけの役割に堕しているのはアンチミステリ的であり、そのうえ結果勝利したのはワトスンを自認していた人物、というのもあの本格ミステリの雄を思い出させるではないか。
本格ミステリへの皮肉を並べ立て、同じことの繰り返しだと揶揄しながら、金字塔的作品のオマージュをやってみせる。この愛憎相半ばする姿勢もまた本作の魅力の一つだろう。

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