三国志 あ
阿貴 出席番号1番 阿貴(あき) 氐族興国の人(??~??) 氐族の興国氐王。 1万あまりの集落を支配していた。 211年、馬超が曹操に対し反乱すると、それに呼応し百傾氐王の千万(せんばん)とともに蜂起した。 だが馬超が敗走すると各個撃破され、阿貴は夏侯淵によって討たれ、千万は蜀へと落ち延びていった。 配下の集落は魏に降伏し、多くが内地へと移住させられた。(『東夷伝』) ちなみに「正史」の出席番号1番である。「演義」も含めると阿会喃(あかいなん)に先を越される。
阿騖 荀攸の妾 阿騖(あぶ)姓・字は不明 出身地不明(??~??) 荀攸(じゅんゆう)の妾。 阿は姓ではなく愛称であり、本姓は不明。 優れた人相見で知られる朱建平(しゅけんぺい)は「荀攸様は年若いが、先立たれて鍾繇(しょうよう)様に後を託されるでしょう」と見立てた。 鍾繇は「もしそうなったら阿騖の嫁入り先を探してやろう」と軽口を叩いたが、後に予言は的中し現実になってしまったことを嘆いた。(『朱建平伝』)
阿羅槃 寇婁敦の弟 阿羅槃(あらはん) 烏丸の人(??~??) 右北平の烏丸単于(王)寇婁敦(こうろうとん)の弟。 237年、毌丘倹(かんきゅうけん)が幽州刺史に赴任すると、寇婁敦は魏に降伏した。 その後、弟の阿羅槃を魏の都に派遣し朝貢させた。(『毌丘倹伝』・『烏丸伝』)
安陽公主 荀惲に嫁ぐ 安陽公主(あんようこうしゅ)本名・字は不明 豫州沛国譙県の人(??~??) 曹操の娘。 荀彧(じゅんいく)の嫡男である荀惲(じゅんうん)に嫁ぎ、荀甝(じゅんかん)・荀霬(じゅんよく)を産んだ。 曹丕は激しく後継者争いをした弟の曹植(そうしょく)と親しい荀惲を憎んだが、甥に当たる荀甝・荀霬はかわいがったと伝わる。(『荀彧伝』)
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