皇甫酈 李傕を脅し返した忠臣
皇甫酈(こうほり)字は不明
涼州安定郡朝那県の人(??~??)
後漢の臣。
皇甫嵩(こうほすう)の甥。
「献帝起居注」に曰く。
献帝は謁者僕射の皇甫酈が(李傕(りかく)・郭汜(かくし)出身の)涼州の名門で弁舌に長けたため、李傕・郭汜を和睦させようとした。郭汜は承諾したが、李傕は「私は呂布を討伐し、政治を補佐すること4年で三輔は平穏になった。ただの馬泥棒の郭汜がなぜ私と同等になろうとするのだ。そのうえ公卿を人質にしている。あくまで殺すつもりだ。君は同郷だから私の参謀を務めろ。承知しなければわかっているな」と脅した。
皇甫酈は「あれだけ強大だった董卓があっさり滅びたのをあなたも見たでしょう。武勇があっても智謀が無かったからです。公卿を脅す郭汜と天子を脅すあなたのどちらの罪が重いと考えますか。張済(ちょうせい)は郭汜・楊定(ようてい)と結託し朝廷にも支持者がいます。簡単には勝てません。白波黄巾賊の楊奉(ようほう)もあなたが正しくないと思っています」と脅し返した。
李傕は怒鳴りつけて退出させた。 侍中の胡邈(こばく)は李傕に目を掛けられていたため、皇甫酈の報告を粉飾し、「李傕将軍はあなたを粗末に扱わないし、皇甫嵩様が太尉に取り立てられたのも李傕のおかげです」と脅した。
皇甫酈は「あなたは国家の重臣で天子をおそばで補佐する身なのに、そんなことを言って何の役に立つのか」と言い返し、胡邈がなおも「李傕に危害を加えられないかと心配して忠告したのに」と言うと「私は代々、天子の御恩をこうむり側近く仕えてきた。主君が恥辱を受ければ家臣は命を投げ出すものだ。李傕に殺されても天命だ」と言い切った。
献帝はただちに皇甫酈を外へ逃がした。李傕は王昌(おうしょう)に追撃させたが、王昌は皇甫酈が忠義で正しい人物だと知っていたためわざと見逃し、追いつけなかったと報告した。
献帝は李傕を三公の上の大司馬に任命して機嫌を取り、李傕は信仰する鬼神のおかげと喜び巫女に褒美をやった。(『董卓伝』)
「演義」でも同様に李傕と舌戦を繰り広げ、献帝に逃がされる前には李傕配下に「謀叛人に味方すれば巻き添えを食うぞ」と言いふらし士気を落とした。
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