三国志 そ 2


棗腆


未作成



臧艾  父の妾を売る


臧艾(ぞうがい)字は不明
兗州泰山郡華県の人(??~??)

魏の臣。
臧覇(ぞうは)の子。

父は建国の功臣で、臧艾も若い頃から才知を知られ、各地の郡太守を歴任し、青州刺史、少府にまで上った。
没すると恭侯と諡され、子の臧権(ぞうけん)が後を継いだ。(『臧覇伝』)

だが彼が歴史に名を残したのは、そうした事績ではなく醜聞である。
当時、曹爽(そうそう)の取り巻きとして権勢をほしいままにしていた鄧颺(とうよう)へ、父の妾を差し出して官位を得たのだ。
都の人々は「官位を種に女を取り引きした鄧颺」と蔑んだというが、臧艾も当然、批判されたことだろう。(『曹真伝』)

彼の記録は少ないが、曹爽一派が粛清された際には巻き込まれた可能性も高いと思われる。



臧戒  臧覇の父


臧戒(ぞうかい)字は不明
兗州泰山郡華県の人(??~??)

臧霸(ぞうは)の父。

県の獄掾を務めたが、法を盾に勝手に人を殺そうとする太守の命令に背き、逮捕された。護送者は100名いたが、18歳の臧覇は食客数十人を引き連れて山中で襲撃し父を奪った。護送者は抵抗すらできなかった。
そのまま徐州東海郡へ亡命し、臧覇の勇敢さは聞こえ渡った。(『臧覇伝』)



臧均


未作成



臧権  臧覇の孫


臧権(ぞうけん)字は不明
兗州泰山郡華県の人(??~??)

魏の臣。
臧艾(ぞうがい)の子。臧覇(ぞうは)の孫。

父が没すると後を継いだ。(『臧覇伝』)



臧洪  後漢末の烈士


個別ページへ



臧舜  臧覇の晋代に出世した子


臧舜(ぞうしゅん)字は太伯(たいはく)
兗州泰山郡華県の人(??~??)

魏・晋の臣。
臧覇(ぞうは)の子。

晋代に散騎常侍まで上った。

「武帝百官名」に曰く。
才知は抜きん出てのびやかで、時宜をわきまえその実行を助けた。

臧覇の功績により3人の子が列侯され、一子は関内侯に封じられており、臧舜はその一人だろう。(『臧覇伝』)



臧宣


未作成



臧霸  山賊将軍


個別ページへ



臧旻


未作成



鬷弘  公孫氏への敏腕使者


鬷弘(そうこう)字は不明
出身地不明(??~??)

魏の奉車都尉。

曹操の代に遼東の公孫氏と初めて交渉する際に使者を務めた。

曹丕は即位すると鬷弘に褒美を与え、妻子とともに郷里へ帰るよう計らった。だが鬷弘はそれを固辞し使者の任を全うした。
公孫康(こうそんこう)は臣下の礼を取り、鬷弘は関内侯に封じられた。

曹叡(そうえい)の代に公孫淵(こうそんえん)が呉と接近し、その対処をめぐり意見が分かれた。夏侯献(かこうけん)は公孫康の時と同じように、使者を送り利害を説くべきだと主張し、実績のある鬷弘を使者に推薦した。
その際に鬷弘を「果敢で激しい気性で忠誠心厚く、名門の出で学問に明るく、幅広い知識を持つ。
弁舌は達者だが教養があり、自然と胸中から言葉が溢れ出るようだ」と激賞している。

公孫淵は鬷弘を迎えいったんは恭順の意を示したが、数年後に反乱し司馬懿に討伐された。(『公孫康伝』)

  し1  し2  し3  し4  し5
し6  し7  し8  し9  し10  
せ1  せ2  そ1  そ2  そ3  そ4  そ5  そ6  そ7